tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『魔力の胎動』東野圭吾


成績不振に苦しむスポーツ選手、息子が植物状態になった水難事故から立ち直れない父親、同性愛者への偏見に悩むミュージシャン。
彼等の悩みを知る鍼灸師・工藤ナユタの前に、物理現象を予測する力を持つ不思議な娘・円華が現れる。
挫けかけた人々は彼女の力と助言によって光を取り戻せるか?
円華の献身に秘められた本当の目的と、切実な祈りとは。
規格外の衝撃ミステリ『ラプラスの魔女』とつながる、あたたかな希望と共感の物語。

映画化もされた『ラプラスの魔女』の前日譚にあたる連作短編集です。
本作単体でもある程度は楽しめると思いますが、『ラプラスの魔女』を読んでいないとよくわからない部分が残ってしまうので、モヤモヤしそうな気もします。
やはり、『ラプラスの魔女』とセットで読むのがいいのではないでしょうか。
それも、できるだけ間を空けずに。


本作は第一章から第五章まで、5つの章で構成されています。
そのうち第四章までの4編は、工藤ナユタという鍼灸師を主人公に、『ラプラスの魔女』の主要人物である羽原円華 (うはらまどか) とともに、ナユタの患者が抱える問題を解決していく物語が語られます。
円華はある特殊能力を持っていて、その力を使って問題解決を図るのですが、肝心の能力の詳細については本作ではほとんど説明がありません。
ナユタにしても彼女の持つ能力がすごいということは認めているものの、その実態についてはよくわからないまま彼女と協力し合っています。
円華のお目付け役の桐宮女史や護衛係の武尾も登場しますが、なぜ円華にそのような人たちが付いているのかも、さらには円華の父である羽原博士が何者でどんな研究をしているのかも、詳しいことは何もわからないまま。
ラプラスの魔女』を読んでいない人にとっては、円華は完全に謎の人物です。
彼女が不遜な態度を取りがちで、冷たい物言いも多いことから、あまり良い印象を持たない読者も多いのではないかと思います。
私はというと、『ラプラスの魔女』は既読でしたが、読んだのがずいぶん前でかなり内容を忘れてしまっており、本作を読みながらなんとか断片的に思い出していったような感じでした。
そのため、おそらく『ラプラスの魔女』につながる伏線になっているんだろうなという箇所もいまひとつ驚きや感嘆がなく、なんだか中途半端にしか物語を理解しきれなかったという印象が残ってしまいました。


とはいえ、ナユタと円華が協力して苦悩を抱える人々を救おうとする筋書きはなかなか面白かったです。
第一章と第二章は、それぞれスキージャンプと野球という、異なるスポーツの選手が抱える問題を円華の特殊能力で解決します。
似たようで異なるふたつのスポーツ選手の問題、そしてそれらに対する円華の関わり方を読むことで、ある程度は円華の能力の中身が想像できるでしょう。
そして第三章はナユタの恩師で、息子を川での事故で亡くした男性を立ち直らせる過程が描かれます。
第四章は自分のカミングアウトによってパートナーを苦しめ、死に至らせたと自らを責めるゲイのピアニストの話なのですが、同時にナユタの過去が明らかにされるのが印象的です。
主人公という立ち位置でありながら、いまひとつ人となりがはっきりしないというか、何かを隠しているようなところのあったナユタの過去と、彼自身が抱える苦悩が判明し、それまで共感しづらく感じていたナユタの人物像が急に身近になったような気がしました。
それと同時に、ナユタが何かに苦しんでいることを敏感に感じ取っていた円華の洞察力と、自分の能力を他人のために使おうという優しさとに気づき、円華に対する印象もぐっといい方に変わりました。
この第四章がこの連作短編集の実質的な最終章となっており、第五章の「魔力の胎動」には一転してナユタも円華も登場しません。
それでもこの作品集に収録され、なおかつ表題作にまでなっているのはなぜなのか、それは『ラプラスの魔女』を読むしかないのです。


というわけで、この作品集を単独で評価するのはなかなか難しいと感じざるを得ませんでした。
ラプラスの魔女』を読んでいるなら、本作も読んでみると、新たな発見があるのではないかと思います。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp