tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『雷神』道尾秀介


あの日、雷が落ちなければ、罪を犯すことはなかった――。埼玉で小料理屋を営む藤原幸人を襲った脅迫電話。電話の主が店に現れた翌日、娘の夕見から遠出の提案を受ける。新潟県羽田上村――幸人と姉・亜沙実の故郷であり、痛ましい記憶を封じ込めた地だった。母の急死と村の有力者の毒殺事件。人らが村を訪れると、凄惨な過去が目を醒ます。どんでん返しの連続の先に衝撃の一行が待つミステリ。

龍神の雨』『風神の手』に続く「神」シリーズ……とのことですが、特にストーリー上のつながりがあるわけではなく、それぞれ独立した作品ですので本作から先に読み始めても全く問題はありません。
登場人物についても3作は全く異なります。
共通点は自然現象が謎解きにかかわってくるミステリというところでしょうか。
日本は自然災害が多く、またそうした自然現象と信仰が結びついた文化があり、小説の題材、特に因習めいたミステリの題材にはぴったりです。


冒頭で語られる、ある夫婦とその幼い一人娘の3人の間で起こった悲劇。
一人娘のある行為がきっかけとなり、母親は命を落とします。
その事実は伏せられたまま娘の夕見 (ゆみ) は大学生となりますが、ある日父親の幸人の前にひとりの男が現れます。
男は金を払わなければ秘密を娘にばらすと幸人を脅迫してきたのでした。
幸人は男から逃れたい一心で、夕見と姉の亜沙実とともに故郷の新潟県羽田上村へ向かいます。
そこで彼らは30年前に幸人と亜沙実、そしてその父母に起こった事件の謎に向き合うことになります。
現在の主人公の身に起こっていることと、過去に起きた事件、2つの出来事がリンクしますが、謎解きの焦点は過去の事件の方にあります。
過去の事件こそがすべての悲劇の始まりなのです。
雷神を祭る神社とそこで毎年行われる祭りという、いかにも地方の村にありそうな風習、そしてそこで起こった悲劇。
古き良き日本の推理小説にありそうな設定と、どこか暗く閉鎖的な村の様子がいい雰囲気を醸し出していて、ミステリ好きにはたまりません。


もちろん道尾秀介さんですから雰囲気作りが丁寧なだけではなく、伏線の張り方もパズル的な謎解きギミックも抜かりありません。
幸人の父親が神社の宮司から渡された手紙の謎に関してはヒントもあからさまに作中に書かれていたので、本気で頭を悩ますことになりました。
そうやって読者も謎解きに巻き込みつつ、一気にすべての伏線が回収されていき真相が明らかになる最終章は圧巻でした。
フーダニットとしては消去法的に真犯人にたどり着くことは可能です。
ですが本作の謎解きの、そしてストーリー的な面白さは、叙述トリックを応用した部分にあります。
ある「思い違い」が巧妙に真相を覆い隠しており、すべてが明らかになると「そういうことだったのか」と読者も主人公の幸人とシンクロした感情を抱くことになるのです。
人の視野がいかに狭く、思い込みにとらわれがちであるかがあらわになってハッとさせられます。
その視野の狭さゆえに疑心暗鬼になったり真実が見えなくなったりして悲劇につながる――本作で描かれているのはそういう事件です。
なんとも悲しい真相にしんみりしていたら、最後の最後に明らかになる事実にさらに頭をがつんと殴られました。
ある種のイヤミスとも言えるかもしれない結末に、道尾作品の油断ならなさを感じずにはいられません。


最初から最後まで道尾さんらしいミステリだなという印象でした。
ちょっと不気味でおどろおどろしくて、人間もどこか怖い。
そしてそれ以上に、雷の怖さに背筋が寒くなり、その自然現象を神と結びつけた昔の人たちの心情がわかるような気がします。
巧妙な謎解きも、悲劇的な物語も、どちらもさすがの出来でした。
☆4つ。




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