tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『おいしい旅 しあわせ編』アミの会


祖母と一緒に行くはずだったお伊勢参り。急なトラブルでひとりでお参りすることになった元喜は、ある男の子と出会う(「もしも神様に会えたなら」)。
幼い頃に引っ越し、生まれ故郷の記憶はまるでない。両親の思い出話を頼りに故郷をめぐる旅に出るが……(「失われた甘い時を求めて」)。
心ときめく景色や極上グルメとの出会い。旅ならではの様々な「幸せ」がたっぷり詰まった7編を収録。読めば旅に出たくなる、実力派作家7名による文庫オリジナルアンソロジー第3弾!

つい先日もアミの会のアンソロジー『嘘と約束』を読んだばかりですが、またまたアミの会の新刊です。
昨年2作同時に刊行された『おいしい旅 初めて編』と『おいしい旅 想い出編』に続き、今回は「しあわせ編」!
旅とグルメが非常に相性がいい組み合わせであることは言うまでもありませんし、季節的にも秋 (このブログを書くのが遅くなってしまっただけで、実際には11月に読みました) にぴったりです。
国内外の素敵な旅行先とご当地グルメの組み合わせを存分に楽しめました。
それでは各作品の感想を。


「もしも神様に会えたなら」 大崎梢
小学5年生の少年・元喜 (もとき) は祖母と伊勢旅行に行く予定だったのですが、その祖母がけがをした友達の病院に付き添うことになり、期せずして一人旅をすることになります。
伊勢神宮に向かった元喜が出会ったのは、同学年の少年・泉実 (いずみ) でした。
小学生の男の子2人が一緒に伊勢神宮を参拝し、伊勢グルメを楽しみながら仲良くなっていく様子が楽しい作品です。
子どものお小遣いの範囲で楽しめる伊勢グルメのチョイスがいいですし、子どもの一人旅はちょっとした冒険感があって、それもいいですね。
伊勢神宮の描写もとても丁寧かつ魅力たっぷりで、もう一度行きたいという気持ちがわいてきました。
私が行ったのはお正月で非常に混雑していたので、もっと空いている時期にゆっくり伊勢参りしたいなあ。


「失われた甘い時を求めて」 新津きよみ
長野県松本市出身の新進の画家・未央が自分のルーツをたどりに31年ぶりに松本市を訪れます。
そこで出会ったのは幼いころの思い出のシュークリーム、信州そば、ペールエール、そして――初恋の記憶でした。
この「おいしい旅」シリーズの魅力のひとつが、実在のお店が作中に登場すること。
本作では「マサムラのベビーシュークリーム」が未央の思い出のグルメとして登場するのですが、この「マサムラ洋菓子店」は実在します。
ネット検索してみるとおいしそうなシュークリームの画像がすぐに見つかり、松本市に行くことがあったらぜひ食べたい!という気持ちでいっぱいになりました。
そんなおいしそうなスイーツの記憶とともに語られる初恋物語、そして未央に訪れる邂逅の予感漂うラストがほんのり甘くて幸せな気分になります。
シュークリームと初恋の甘さが胸に沁みました。


「夕日と奥さんのお話」 柴田よしき
離婚準備中の中年女性・加奈が石垣島へひとり旅に向かい、そこで観光ライターの恵美に出会い、彼女の案内で石垣島をめぐる話です。
石垣島には行ったことがないはずなのに、読んでいると自然に美しい海と砂浜の風景が目に浮かびました。
突然夫から離婚話を突き付けられた加奈は、恵美の案内で石垣島の絶景を堪能するうちに少しずつ気持ちを整理していくのですが、恵美のおかげで夫に関する謎の答えも見つけることになります。
夫は10年近く前に石垣島で行われた友人の結婚式に出席した時のメモとして、手帳に「浜崎の奥さんは最高だった」という記述を残していたのでした。
夫の浮気を疑った加奈でしたが、恵美が示した「浜崎の奥さん」の正体がとても意外で、かつ面白かったです。
これは知っていなければ絶対にわからないでしょうね。
石垣島に行ったらぜひ私も「浜崎の奥さん」に出会ってみたいです。


「夢よりも甘く」 篠田真由美
一緒に行く予定だった友人と出発目前に大げんかをし、出発前夜には母とも大げんかをするという散々な出来事が続いた後で訪れたヴェネツィア
そこは子どものころ一緒に住んで面倒を見てくれていた「おばあちゃま」の、ガラス工房の青年との恋物語の舞台なのでした。
ところがスリ被害に遭い、おばあちゃまの思い出のガラス工房も見つからず、最後にたどり着いたのはおばあちゃまが教えてくれたカフェでいただけるチョコラータ・コン・パンナ。
チョコラータ・コン・パンナというのは、ホイップクリームが添えられたココアというかチョコレートドリンクのようなものですが、おばあちゃまの語る昔話のイメージで美化されていたようで、「夢見たほどは美味しくなかった」と語られています。
子どもの頃に夢見て憧れたものが、現実にはそれほどよくなかったというのはよくあることかもしれません。
それでも、シングルマザーの母と離れて暮らす子どもに甘い夢を見せてくれたおばあちゃまの優しさと愛情に心が温まりました。


「旅の理由」 松村比呂美
旅先の青森県三沢市でけがをして記憶の一部を失ってしまった大学4年生の瑛太
入院した瑛太を心配した母が福岡から駆けつけてきます。
主人公は瑛太なのですが、けがをして入院してしまったので、実際に三沢市を旅するのは瑛太のお母さん、というのが面白いですね。
しかもそれが、介護施設の副施設長でコロナ禍のために息抜きもろくにできていなかったお母さんにとっていい休息になっていて、図らずも瑛太が親孝行したかのような状況になっていることに心が和みます。
恥ずかしながら三沢市に観光地としてどんな見どころがあるのか全く知らなかったのですが、航空科学館や寺山修司記念館、そして漁港があって新鮮な海鮮グルメも楽しめるという、かなり魅力的な場所であるということがわかりました。
無事に退院した瑛太が母と食べたほっき丼、私もぜひ味わってみたいです。


「美味しいということは」 三上延
今回のゲスト執筆者は「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズの作者である三上延さんです。
「ビブリア」シリーズといえば鎌倉。
この作品も鎌倉ではありませんが同じ神奈川県の小田原を舞台にしています。
子どものころ小田原に住んでいた卓郎は、高校入試を終えた直後、発売さればかりの「ドラゴンクエストIII」を入手するため祖母とともに東京へ向かいます。
東京へ向かう特急の中で祖母が卓郎に食べさせてくれたのは、崎陽軒のシウマイが挟まれたバターロール
シウマイをロールパンに挟むという発想に驚きましたが、よく考えるとこれはなかなかにおいしそう。
そして卓郎の祖母は東京で洋食店にフランス菓子店にビアホールにと卓郎を連れて食べ歩きをするのでした。
ドラクエIII」、そして祖母が食べさせてくれたおいしいものの数々の記憶が、ノスタルジーを誘います。
家族とのあたたかな記憶と結びついた食の思い出は色あせないなとしみじみしました。


「オーロラが見れなくても」 近藤史恵
最後はなんとアイスランド旅行のお話です。
アイスランドなんてなかなか旅行先の候補には挙がらない気がするし、実際行ったことがあるという話を周りで聞いたこともありませんが、本作を読むと俄然アイスランドに興味がわいてきます。
氷河湖ツアーやオーロラツアーなど、日本ではまず体験できないツアーが魅力的なのはもちろん、ヨーロッパでいちばんおいしいホットドッグが食べられるのはアイスランドだというのは非常に意外でした。
パンやバター、ハンバーガーやフライドポテトなど、シンプルなものがおいしいというアイスランド、ごちそうではなくても庶民的なグルメもいいなと思わせてくれます。
主人公の佳奈のヤングケアラーとしてのつらい記憶には胸が痛みつつ、日本から遠く離れたアイスランドで佳奈が得た「ごほうび」にほっこりしました。


旅は日常の忙しさや悲しみや辛さから離れて心を休められるいい機会です。
そこにおいしいグルメもあるからこそ、また日常に戻って頑張ろうという気持ちになれるのだと思います。
今回のマイベストは柴田よしきさんの「夕日と奥さんのお話」かな。
意外なグルメに興味津々でした。
☆4つ。




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『スモールワールズ』一穂ミチ


夫婦、親子、姉弟、先輩と後輩、知り合うはずのなかった他人ーー書下ろし掌編を加えた、七つの「小さな世界」。生きてゆくなかで抱える小さな喜び、もどかしさ、苛立ち、諦めや希望を丹念に掬い集めて紡がれた物語が、読む者の心の揺らぎにも静かに寄り添ってゆく。吉川英治文学新人賞受賞、珠玉の短編集。

ずっと気になっていた一穂ミチさんの作品をようやく読むことができました。
吉川英治文学新人賞を受賞し、本屋大賞にもノミネートという、作品の質は保証されているようなものですが、意外に怖いとか、意外に甘くないとか、読む前のイメージと異なっていた部分もあります。
それでも、そのイメージの違いがいい意味で心に突き刺さり、結果的に大いに感動し、いくつかの収録作では涙することになりました。


本作には6つの短編と文庫版限定の掌編1編が収録されています。
不妊に悩むモデルの女性と家庭内暴力にさらされる男子中学生との出会いと交流を描いた「ネオンテトラ」。
超大柄で泣く子も黙る最強の姉が婚家から出戻ってきて高校生の弟を振り回す「魔王の帰還」。
初めての育児に苦戦する娘から孫を預かった祖母の話「ピクニック」。
兄を殺された女性が獄中の犯人の男性と文通する「花うた」。
うだつの上がらない高校教師のもとに離婚後縁が切れていた娘が突然転がり込んでくる「愛を適量」。
高校時代に仲良くなった後輩から父親の葬儀に参列してほしいと頼まれる「式日」。
そして、別れた元妻と期せずしてホテルの同室に泊まることになった男を描く掌編の計7編です。
読み心地や雰囲気はそれぞれに違うので、飽きることなく楽しめました。
ネオンテトラ」や「ピクニック」は結末にぞっとするし、「花うた」の意外すぎる展開には心底驚き、「式日」の主人公と後輩の関係性にはしみじみ切ない気持ちになります。
読み味は違っても、全作品に共通するのは「驚き」や「意外性」がどこかに用意されているということでしょうか。
予想外の展開にハッとさせられたり、ぞっとしたり、胸がいっぱいになったりしました。


そんな7編の中で私が一番強く心を動かされたのは「魔王の帰還」でした。
この物語はとにかく「魔王」とあだ名される主人公・鉄二の姉・真央のキャラクター造形が秀逸です。
身長は180センチを超えており、鉄二にも容赦なく岡山弁で厳しい言葉を浴びせる真央ですが、読み進めるにつれて、そんなに乱暴でも横暴でもないということが徐々にわかってきます。
やがて、離婚すると言って実家に戻ってきた真央の、離婚の理由が明らかになりますが、それはとても意外で、そしてつらいものでした。
離婚についても夫についてもあまり語らない真央の心の内を思うと胸が詰まりましたが、最後に描かれる鉄二の姉への思いには完全に泣かされてしまいました。
もう1編、「愛を適量」にも同様に感動したのですが、こちらも高校教員の父と、長らく音信が途絶えていた娘・佳澄との関係と結末に泣かされます。
真央も佳澄も、自分の力ではどうすることもできない事態に直面しています。
どうしてこんな目に、と思っても、人生は厳しく、そうそう奇跡など起こらない。
家族だってその過酷な運命を変えてあげたり、自分が身代わりになったりはできないけれど、幸せを願い、祈ることはできる。
どちらの話もハッピーエンドというわけではありません。
それでも、決して叶わないとわかっている願いであろうと祈りであろうと、どうにもならない人生をなんとか立ち上がって歩んでいく力にはなり得るのだ、というか細くも確かな希望に満ちたメッセージが力強く胸に響きました。


優しいばかりでもなく、あたたかいばかりでもなく、むしろ厳しく冷たい人生模様を描いた作品集でした。
けれども読み終わった後には、人生ってそんなに悪くないんじゃないかという思いが残ります。
辛いことも悲しいことも、どうしようもないこともたくさんあるけれど、それでも悲観しすぎずに生きていこう、と思える物語たちに元気をもらいました。
☆5つ。

『アンソロジー 嘘と約束』アミの会


実力派の女性作家集団「アミの会」による書き下ろしアンソロジー。今作のテーマは「噓と約束」。テーマは統一でも、アレンジは多様多彩。人の世の温かさ、不思議さからほろ苦さまで、それぞれの作家の個性がにじみ出た「噓」と「約束」が味わえる上に、ミステリーには欠かせない〝どんでん返し〟まで盛り込んだ贅沢な1冊となっている。所収作家:大崎梢近藤史恵、福田和代、松尾由美、松村比呂美、矢崎存美

女性作家有志の「アミの会」によるアンソロジーです。
今回のテーマは「嘘と約束」ということですが、これはなかなか広がりのあるテーマというか、いろいろな物語が考えられそうでいいテーマですね。
ミステリとの相性もぴったりです。
それでは早速、各作品の感想を。


「自転車坂」 松村比呂美
住宅街の坂道で、突然飛び出してきた自転車と車でぶつかってしまったサラリーマン・圭一の物語です。
自転車に乗っていた高校生が軽傷で済んだために、救急車を呼ぶこともなく警察に通報することもなくそのまま仕事に向かった圭一でしたが、職場に警察官が現れて――という、ちょっとぞっとするような、でも自分にも起こり得るかも?というリアリティある展開が、意外な結末につながります。
こういう事故も出会いのひとつの形なんだなあ……とピンチから始まる人の縁にしみじみ感じ入りました。


「パスタ君」 松尾由美
ある日転校してきた蓮田君がクラスのみんなについた嘘と、その嘘の理由を解き明かす話です。
嘘の内容が子どもらしい想像力に満ちた楽しいもので、同級生には胡散臭く見られても、大人の読者である私には微笑ましく感じられました。
小学生の他愛無い嘘と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、その嘘の裏にある事情は少々重ため。
主人公の少年がその事情を知り、それをきっかけに蓮田君と友達になって、その後少年自身も自分の家庭の事情を知る中で成長していくという、切ない中に見える希望に救いを感じました。


「ホテル・カイザリン」 近藤史恵
夫への愛情を持てない結婚生活を送る女性が唯一自由を感じられる場所が、夫が出張中にひとりで宿泊するホテル・カイザリン。
そこで愁子という女性と出会い、ともに食事などを楽しむようになった女性ですが、ある出来事をきっかけにホテルで事件を起こします。
主人公の女性の境遇、愁子との秘密めいた関係、唯一の自由を奪われる絶望感、事件を起こした顛末――すべてが胸に重く迫って息苦しいような気持ちになりました。
ある意味では純愛小説にも読める、読後の切ない余韻がたまりません。


「青は赤、金は緑」 矢崎存美
印象的なタイトルは、主人公の女性・渚が交際相手の小学生の娘から出されたなぞなぞです。
特に猫好きというわけでもないけれど嫌いというわけでもない渚が、友人の深理 (みり) が出張中に彼女の飼い猫の世話をすることになります。
なぞなぞの答えが気になりつつ、渚が少しずつ猫との距離を縮めていく様子が微笑ましくて楽しく読みました。
猫との関係もいいですが、深理との友情もあたたかくて、気持ちのいい物語でした。


「効き目の遅い薬」 福田和代
イタリアンのお店で女性と食事中に、急に倒れてそのまま亡くなった若い男性。
男性が持っていたウイスキーのミニボトル2本からそれぞれ毒物が検出されますが、男性が服毒自殺する理由は見当たらず、ボトルには男性の指紋しか付いていない、というミステリ好きの心をくすぐる導入から、事件の真相へ至る結末まで一気に読まされました。
亡くなった男性と、女性との関係がなんとも印象的です。
鈍感って罪だなあ……としみじみ思わされました。


「いつかのみらい」 大崎梢
小さな編集プロダクションに勤める晴美は、行方不明になっている70代の女性の家に、自分が小学生の頃に描いた絵があったという話を、ある日突然訪ねてきた「調査員」を名乗る女性から聞かされます。
面識のない、名前も知らない女性の家に自分の子どもの頃の絵があった理由が気になった晴美は、調査員の女性とともに謎を解きに調査へ出かけます。
謎解きが楽しめるのはもちろんのこと、子ども時代の記憶がよみがえるノスタルジックな雰囲気に浸りました。
子どもの頃の約束が、大人になってから新たな出会いと約束につながるという展開にしみじみしました。


今回のお気に入りナンバーワンは近藤さんの「ホテル・カイザリン」でした。
全体を通して漂うちょっとダークで重たい雰囲気が非常に好みで、嘘にも約束にも切なさが漂い読後の余韻が素晴らしかったです。
でもどの作品も甲乙つけがたい出来で、テーマに惹かれたならぜひおすすめしたいアンソロジーでした。
☆4つ。




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