変な予感がするんだ。
扉の向こうで、何か恐ろしいものが、僕を待っている気がして――。
ミステリ、ホラー、SF……さまざまな終末的世界の絶望と、微かな光を描く異色の短編集。この物語に、救いの「カミサマ」はいるのか――。
目を覚ましたら、なぜか無人の遊園地にいた。園内には僕をいじめた奴の死体が転がっている。ここは死後の世界なのだろうか? そこへナイフを持ったピエロが現れ……(「潮風吹いて、ゴンドラ揺れる」)
僕らはこの見張り塔から敵を撃つ。戦争が終わるまで。しかし、人員は減らされ、任務は過酷なものになっていく。そしてある日、味方の民間人への狙撃命令が下され……(「見張り塔」)
など全7編を収録。
7つの短編で構成された、ダークでブラックな味わいの作品集です。
ミステリだったり、ホラーだったり、SFだったり、ファンタジーだったり、とジャンルはバラバラで深緑さんの引き出しの多さを感じさせますが、共通しているのはどの作品でもどこか不穏な空気が漂うというところ。
終末感が漂うディストピア的な舞台もあり、救いのなさを感じさせます。
救いがないといえばタイトルがもう救いがありませんね。
「カミサマ」=神様=救済とみなすなら、「カミサマ」が「そういない」というのはそうそう簡単に救いは訪れませんよ、ということですから。
タイトルが表すとおりの閉塞感のある狭い世界で繰り広げられる、不穏な7つの物語を味わい深く読みました。
「伊藤が消えた」は一軒家で同居していた3人の男たちのイヤミスです。
「女のイヤミスはいっぱいあるけど男のイヤミスはあまりない」というところから着想した作品とのことで、確かに男同士のイヤミスはあまり読んだことがないような気がします。
それはやはり女性同士の関係の方がドロドロしがちということなのでしょうか。
けれども男性同士の関係でもドロドロしないということはないはずです。
では男性がドロドロした関係に陥るとどうなるのか、その答えがこの作品に存分に表れていました。
最初は単に3人の男性のうちひとりが失踪しただけの話かと思わせて、だんだん不穏な色が濃くなっていくことで高まる不安感にぞわりと背筋が寒くなります。
次の「潮風吹いて、ゴンドラ揺れる」は廃遊園地を舞台にしたホラーで、冒頭から死体が出てくるわ不気味なピエロが襲ってきて主人公の少年が殺されそうになるわで、不穏どころの騒ぎではなく非常に怖い話でした。
その凄惨な世界が円環をなしていて抜け出せず、永遠に続くかのような結末も怖すぎます。
ごく短いながら強烈な印象を残す和風怪談「朔日晦日」を挟んで、「見張り塔」は深緑さんお得意のミリタリーミステリです。
主人公が上官から命じられる「特別任務」の内容とその意図、そして戦争の現況についての真実が明らかになると、やはりこれも背筋が寒くなるのですが、そもそも戦争という非日常状態であるという設定がどこか怖さを和らげているところがあるのは、深緑さんの他の作品 (『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』) と共通しています。
戦争そのものが十分に恐ろしいわけですし、人が人を殺すという点では殺人事件も戦争も同じですから。
次の「ストーカーVS盗撮魔」は舞台が現代日本で、リアリティがあるという点で怖い話です。
SNS上で目を付けたユーザーの投稿内容から住んでいる場所や生活パターンなどの個人情報を推測し、その推理が正しいかどうか実際に確かめに行くという、犯罪とまではいかないかもしれないものの、かなり後ろ暗いことをやっている人物が、盗撮魔に遭遇します。
SNSへの投稿内容には気を付けようと思わずにはいられませんでした。
「饑奇譚」はスチームパンク風の世界観で、1年に一度の「"大放出"の日」に理不尽な目に遭った少年の物語。
"大放出"という現象 (?) の詳しい仕組みやどうしてそうなっているのかについてはあまり説明がなく、それは作中の人物たちもよくわかっていないからなのではないかと感じられて、それが不安をかき立てます。
「なんだかよくわからないけどそうなっている」、そしてみんな抗うことなくそれを受け入れている。
こういうことは現実にもあるような気がして、落ち着かない気分にさせられました。
最後の「新しい音楽、海賊ラジオ」は、舞台は陸地のほとんどが海に沈んでしまった終末世界ではあるのですが、収録作の中では唯一明るく希望のある話でした。
音楽好きの少年が新しい音楽を求めて冒険するという筋書きも、他の作品と比べるとずいぶん前向きで、ワクワク感さえあります。
各話の扉ページが他の作品は黒地にタイトル白字なのですが、この作品だけは白地に黒字というのも、そういう理由なのでしょうか。
全体的に不穏で不気味な短編集でしたが、最後に明るい光が感じられる話で締められていてほっと一息つけました。
夏なので少し怖い話が読みたいという人におすすめですが、決して怖いだけではないというのが本作の良さでしょう。
なんといっても、怖い話が得意ではない私でも十分楽しめたのですから。
☆4つ。