tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『君のクイズ』小川哲


クイズ番組の決勝で、僕の対戦相手は1文字も問題が読まれぬうちに回答し正解し、優勝を果たす。彼はなぜ正答できたのか? 推理作家協会賞受賞&本屋大賞6位、圧巻のエンターテインメント。文庫化に際し短編小説「僕のクイズ」を収録!

クイズ番組は数あるテレビ番組の中でも人気のジャンルだと思います。
かくいう私も子どもの頃からクイズ番組は大好きです。
自分が正解できるとうれしいし、何とか答えをひねり出そうと頭をフル回転させるのも、出演者が超難問に易々と答えるのを見て驚くのも楽しいものです。
本作はそんなクイズ番組とミステリの融合という、私にとってはたまらない作品でした。
そもそもクイズ番組をミステリの題材にしようなんてよく考えついたなあ……と感嘆するばかりです。


「Q-1グランプリ」というクイズ番組で第一回のファイナリストになった、会社員でクイズプレイヤーの三島玲央。
彼の対戦相手は、驚異的な記憶力で知られるテレビタレントの本庄絆という人物でした。
7問先取の短文早押しクイズで6-6の同点となった、次の問題。
本庄絆は問題本文がまだ一文字も読み上げられていない時点で早押しボタンを押し、「ママ. クリーニング小野寺よ」と答え、まさかの正解で優勝を果たしたのです。
この結末に関してさまざまな意見がSNSで飛び交う中、対戦中に本庄絆がイカサマをしているようには感じなかった三島は、なぜ驚異の「ゼロ文字正答」が可能だったのか、その謎を探り始めます。


ミステリとしては正直なところ地味な印象です。
謎はほぼひとつだけ、緻密に伏線が張り巡らされているような作品ではないし、どんでん返しがあるわけでもない。
それでも日本推理作家協会賞を受賞したのは伊達ではなく、手がかりを集めて論理的に推理していく過程は丁寧で、その結論も非常に現実的で納得感の高いものになっています。
そして何より、謎そのものが魅力的です。
クイズ番組を見ていて、回答者があまりにも早く早押しボタンを押し、しかも正解してしまうことに驚いた経験がある人は多いことでしょう。
けれどもさすがに一文字も問題が読み上げられていない状況でボタンを押して正解してしまうというのは、もはや驚きというレベルを超えています。
生放送のテレビ番組だったこともあり、事前に問題を教えられていたのではないかというような疑惑が生じたのは当然のことです。
果たして不正はあったのか、なかったのか。
三島は対戦中の感覚から不正はなかったはずだと思っており、ではそれならば一文字も問題がわからない状態で正解にたどり着くことは現実的に可能なのか?という大きな謎に挑んでいくことになります。
もちろん一流のクイズプレイヤーともなればさまざまなテクニックを持っていて、知識量も常人をはるかに上回ります。
それでもさすがに問題が一文字もわからない状態で正解する確率なんて限りなくゼロに近いでしょ?とどうしても思ってしまい、それが謎解きの魅力につながっているのです。


もちろん、クイズ自体の魅力も十分に伝わってきます。
クイズプレイヤーたちがどのようなテクニックを持ち、どんなふうに勝つための知識を身につけていくのかがしっかりと描かれています。
実際のクイズ大会やクイズ番組で出題されるような問題もいくつか登場し、本庄絆が「ゼロ文字正答」した「ママ. クリーニング小野寺よ」も山形県に実在するクリーニングチェーン店の名前です。
まるで実際にクイズ番組を見ている時のように、読者もいくつかのクイズを楽しむことができます。
そして、個人的に印象的だったのは、三島のクイズへの向き合い方でした。
彼はクイズのことを、「自分の人生を肯定してくれるもの」だと語っています。
恋人が好きだったために一緒に博物館に見に行った日本刀の知識がクイズに役立ったり、生まれ育った地元に関するクイズには強かったり。
クイズのためだけに身につけた知識というのももちろんあるのでしょうが、自分のこれまでの経験こそが、三島のクイズプレイヤーとしての強さを支えているのです。
本庄絆の「ゼロ文字正答」の謎を追う際に、三島は他のクイズ仲間たちから協力を得ますが、こうした人間関係をクイズを通して得たことも、彼の人生に大きな影響を及ぼしているに違いありません。
クイズとは単なるエンターテインメントにとどまらず、とても奥深くて意義深いものなのだなと感心しました。


クイズとミステリ、好きなものどうしの融合を楽しく読みました。
あまり今までに読んだことのないタイプのミステリで、その唯一性が魅力です。
三島だけではなく本庄絆、そして「Q-1グランプリ」の総合演出を担当する坂田といった他の人物たちも、非常に興味深いキャラクターでした。
☆4つ。

『夜の道標』芦沢央


一九九六年、横浜市内で塾経営者が殺害された。事件発生から二年、被疑者である元教え子の足取りは今もつかめていない――。殺人犯を匿う女、窓際に追いやられながら捜査を続ける刑事、そして、父親から虐待を受けている少年。それぞれの守りたいものが絡み合い、事態は思いもよらぬ展開を迎える。日本推理作家協会賞受賞作。

芦沢央さんはホラー寄りのミステリの書き手、という印象があったのですが、本作は正統派の社会派ミステリです。
1996年に起こった殺人事件は犯人がほぼ確定しており、容易に解決する事件だと思われていました。
ところが2年が経ってもいまだに捕まらない犯人。
その人物は、一体なぜ事件を起こしたのか?というホワイダニットを軸に物語が展開します。


1996年、障害児など学習に困難を抱える子どもひとりひとりに合わせた丁寧な指導で評判を得ていた塾経営者・戸川が、塾内で花瓶で殴られ殺されます。
その犯人は、戸川の教え子である建設作業員の35歳、阿久津弦であると目され、警察はその足取りを追いますが、2年経ってもその行方はわからないままです。
徐々に担当捜査員の数も減らされ、現在は平良正太郎と大矢啓吾というふたりの刑事が地道な捜査を続けています。
実は阿久津は事件を起こした直後に中学時代の同級生・長尾豊子と偶然再会し、豊子に誘われるまま彼女の自宅に匿われていました。
そしてある日、橋本波留という小学6年生の少年が、猫に導かれて豊子の家の庭に入り込み、そこで阿久津の存在を知ることになります。


物語は事件を追う刑事の正太郎、阿久津を匿うスーパーのパート店員・豊子、長身を武器に小学生離れしたバスケットボールの腕前を持つ波留、波留と同じ小学校に通いバスケをともに楽しむ友人・桜介という4人の視点で語られていきます。
上司に疎まれている正太郎や、どこかやさぐれた感じのする豊子の物語も気にはなるのですが、なんといっても波留と桜介の話があまりにも痛ましくて目が離せません。
波留は実業団のバスケ選手だった父を持ち、自らも高身長に恵まれ小学生とは思えないようなバスケプレイヤーなのですが、高い実力を持ちながら全国大会などで注目されてはいません。
その理由は、波留は父親から命じられて当たり屋をやらされており、大きな大会前に車にぶつかっていってはケガをして「将来有望だったのにバスケができなくなった」と運転手に訴えて慰謝料をもらい、その後は転校、ということを繰り返していたからだったのです。
桜介はそういう事情は知らず、波留が当たり屋をやった現場にたまたま居合わせたことから、波留のことを心配します。
当たり屋をやらされるだけでなく、十分な食事を与えられず給食のない夏休みには常にお腹をすかせている波留。
育ち盛りの少年が空腹に苦しむという描写がつらく、波留を虐待する父親に怒りを感じました。


本作のメインの登場人物たちは桜介を除いて皆、社会から取り残されている人たちばかりです。
正太郎は刑事なのでまっとうな社会人ではありますが、職場内では上司に疎まれて迷宮入りしかけている事件の担当という貧乏くじを引かされ、報われない人です。
豊子は前夫と離婚後、スーパーでパートとして働き、困窮しているわけではないものの決して恵まれた生活をしているとは言えません。
虐待を受けている波留はもちろん、虐待の加害者である波留の父親でさえ、実業団が企業の都合で解散になった後うまくサラリーマン生活になじめず退職したことが波留への虐待につながっていて、必ずしも父親本人の責任だけとは言い切れないところがあります。
そして、塾経営者殺人事件の犯人である阿久津。
彼に関する描写から、彼が何かしらの障害を抱えているのだろうということは容易に察せられます。
その障害について具体的には語られない (というより時代背景を考えると具体的な診断名がついていたわけではないのでしょう) ものの、その障害ゆえに阿久津の人生が厳しいものであったことは間違いありません。
今でこそ身体障害、知的障害、精神障害発達障害など細かな区分がされ、それぞれの特性に合わせた支援教育も充実していますが、阿久津が育ってきた1960~1970年代はまだまだ発達支援が十分な時代ではありませんでした。
それどころか、露骨な障害者差別があった時代なのです。
そういう時代背景が阿久津が恩師である戸川を殺した動機の裏にあり、なんともやるせない気持ちが拭えませんでした。
もしも生まれた時代が違っていたら、阿久津は殺人を犯すこともなく、普通の社会人としての生活を続けられていたかもしれない。
そう思うと、社会の意識を変えて差別をなくしていき、支援が必要な人に確実に支援を届けることの重要性が胸にすとんと落ちてきました。


終盤にはまるで映画かドラマのクライマックスのような見せ場もあって、社会派ミステリであるだけでなく、感情を揺さぶる物語としての盛り上がりも見事です。
エピローグでは胸がいっぱいになり、最後の1ページは涙で文字が滲みました。
SDGsの理念として有名な「誰一人取り残さない社会の実現」、という言葉がこれほど切実に胸に迫ってくる作品もないでしょう。
本人の責任ではないところで苦しむ人が救われますようにと祈らずにはいられませんでした。
☆5つ。

2025年7月の注目文庫化情報

  • 7/15:『汝、星のごとく』 凪良ゆう (講談社文庫)
  • 7/29:『らんたん』 柚木麻子 (新潮文庫)


西日本は早くも梅雨が明けて、もう完全に夏です。
涼しい部屋で水分補給しながら、読書で心の栄養も補給していきたいですね。


6月が夏の文庫フェアで豪華ラインナップだったので、7月は控えめでしょうか。
それでも凪良ゆうさんの2度目の本屋大賞受賞作のようなビッグタイトルがあります。
積読が溜まっているのでしばらくは解消に励むことになりそうですが、今月も暑さに負けずに楽しく読書していきます!