tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『地雷グリコ』青崎有吾


射守矢真兎。女子高生。勝負事に、やたらと強い。友人・鉱田と彼女が巻き込まれるのは、子供の遊びをモチーフにしたゲームの数々。罠の位置を読み合って階段を上ってゆく「地雷グリコ」、独自手を追加できるじゃんけん「自由律ジャンケン」、歩数とかけ声の文字数を入札できる「だるまさんがかぞえた」。強者を相手に、真兎は譲れないものをかけて勝負に挑む。彼女が負けられない理由とは――。心揺さぶる、最高級の頭脳戦。

2024年のミステリ界を席巻した超話題作です。
ミステリランキングを制覇するだけでなく、山本周五郎賞、日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞を受賞しています。
個人的にも2024年当時はSNSで毎日のように『地雷グリコ』の書名を目にしているような状況だったので、どんなすごい作品なのかと文庫化を楽しみにしていました。


ミステリとして高い評価を受けた本作ですが、殺人は起きず探偵も犯人も被害者もおらず捜査や推理が行われるわけでもありません。
日常の謎ミステリとも特殊設定ミステリともちょっと違います。
本作で描かれるのは、高校生たちによる頭脳戦。
といっても難解さや複雑さがあるものではなく、誰もが子どもの時に遊んだことのあるゲームを元に、少し特殊ルールが付け加えられているだけなので、特に高い知能レベルが求められるわけではなく非常に理解しやすくとっつきやすいものになっています。
表題作の「地雷グリコ」はじゃんけんをしてグーで勝ったら「グ・リ・コ」の3文字で3歩、パーで勝ったら「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」の6文字で6歩、チョキで勝てば「チ・ヨ・コ・レ・ー・ト」の6文字で6歩進めるというあのゲームが元です。
これを長い階段で行うのですが、普通の「グリコ」と異なるのは、段の途中に対戦者がそれぞれ相手には内緒で地雷を設置できること。
地雷を踏んでしまうとペナルティで10段戻らなくてはなりません。
他にも「坊主めくり」と「神経衰弱」を合体させたような「坊主衰弱」、グー・チョキ・パーに独自の手を加えた「自由律ジャンケン」、「だるまさんがころんだ」に文字数指定という要素を加えた「だるまさんがかぞえた」、山札が4つの部屋に分けて置かれる「フォールーム・ポーカー」が登場しますが、どれもルールは複雑すぎず、それでいて面白い戦略性が加えられています。
この手のゲームによる頭脳戦は文字よりも映像と相性がよいものです。
ルール説明を文章で行うのは大変ですし、小説において説明的な文章は退屈なものになりがちです。
それでもあえて小説という形式で頭脳戦を描くという難題に挑んだのがまずすごいなと感心しましたし、誰もが知っているゲームを元にすることでルール説明を最小限に抑えることができていて、物語としての面白さを損なっていませんでした。


その物語としての面白さを支えているのが、射守矢真兎 (いもりや・まと) という主人公の女子高生。
優等生タイプには程遠い、ちゃらんぽらんとした少女なのですが、勝負ごとには無類の強さを発揮するというギャップが面白いキャラクターです。
実は見かけによらずめちゃくちゃ頭が良くて、他の誰も考えつかないような必勝法を編み出してしまうのかと思いきや、頭が良いのはその通りなのですが勝ち方の方向性は想像していたのとはちょっと違っていました。
相手の手を読んだり、論理に基づく勝ち筋を見極めたりといった正攻法も駆使しますが、いかにルールの穴を見つけてそれを利用するかというのが真兎の戦い方なのです。
そんなわけで真っ向勝負とは言い難く、最初のうちはそれが面白く感じられても、話が進むにつれなんだかもやもやする感じがあったのが正直なところでした。
それが最終話では対戦相手が真兎の中学時代の友人で、真兎のことをよく知っており、真兎の戦い方をほぼ完全に見抜いたうえで勝負をしてくることで、それまでの話とは少し違った展開が見られます。
まさに「ラスボス」と呼びたい強敵との対決でこれまでにないピンチに陥る真兎が、どのようにしてピンチを脱し大逆転を決めるのかハラハラしました。
真兎がゲームで戦う理由も、最初は文化祭での人気の出店場所を賭けた勝負だったのがだんだんスケールアップしていき、最後はなんと高校生には縁のないような大金を賭けたものになっていきます。
現実味は皆無ですが、マンガやラノベに近いような非現実性は、頭脳戦と相性がよくて非常に面白く読めました。
設定は非現実的なのに、最終戦での真兎の負けられない理由はなんだかとても普通の女子高生っぽくて、そのギャップも楽しかったです。


このままマンガや映画にしたら面白そうな作品だなと思ったら、コミカライズはすでに実現しているのですね。
きっとそのうち実写化もされるだろうと思います。
それぐらい頭脳戦物としてよくできていて、秀逸な作品でした。
惜しむらくはその設定上、どんなに不利に見えても最終的には真兎が勝つことが見え見えであるということで、もちろん真兎がどうやって勝負をひっくり返すのかを楽しむ作品なのだとは思いますが、展開はワンパターンになりがちです。
それでもゲーム自体が面白いので続編に期待したいところ。
新たなゲームを考案するのは大変だとは思いますが。
☆4つ。

『777 トリプルセブン』伊坂幸太郎


そのホテルを訪れたのは、逃走中の不幸な彼女と、不運な殺し屋。そして――
殺し屋・七尾が請け負ったのは、高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。

伊坂さんの代表的シリーズである、「殺し屋」シリーズの最新作です。
『グラスホッパー』『マリアビートル』『AX アックス』と続いてきて今作が4作目。
それぞれ独立した物語なので単独でも十分楽しめますが、シリーズを順番に読んでいればさらに楽しい、そんなシリーズです。


今回は東京のとある高級ホテルが舞台。
そのホテルでは2階のレストランで蓬 (よもぎ) という政治家とその秘書が池尾という記者の取材を受けています。
一方、不運であることに定評がある (?) 殺し屋の「天道虫」は上司の真莉亜の指示で2010号室に荷物を届けようとしていました。
さらに1914号室では、類まれなる記憶力を持つ紙野結花という女性がその記憶力ゆえにある人物に狙われ、逃がし屋と呼ばれるココという年配の女性に自分を逃がしてくれるよう依頼しています。
その紙野結花を捕まえるという任務を受けてやってきた6人組の殺し屋たち。
紙野結花をめぐって殺し屋たちがホテル内を上から下へ目まぐるしく移動するバトルが展開していきます。


シリーズ2作目の『マリアビートル』は走行中の新幹線の車内で事態が進むという、ある意味密室ミステリのような舞台設定でしたが、今回はホテル。
ホテルならすぐに外に出られるはず……と思いきや、紙野結花を捕まえるためにやってきた6人組の殺し屋たちがホテル内に分散しているので、外へ逃げるという手段は実質的に封じられ、ホテルが巨大な密室のような状況になっています。
そしてそんな現場に不運にも居合わせてしまう天道虫――そうです、彼は『マリアビートル』にも登場していて、やっぱり不運な目に遭っていました。
彼が以前と変わらず元気に不運な人生を送っていて、なんだか読者としては安心してしまいますね。
不運だけれども、いや不運だからこそ、油断せずに危険な状況に対する準備ができるというのが天道虫の強みなのです。
上司の真莉亜も健在で、彼女の命を受けて荷物運びという簡単で安全な仕事をこなすはずが、荷物の届け先の部屋番号を間違えてしまったせいで紙野結花をめぐる攻防に巻き込まれてしまう天道虫はやっぱり不運なのですが、殺し屋としての実力は折り紙付き。
なんだかんだで彼ならこのピンチの連続も切り抜けてしまうのだろうという、不思議な安心感がありました。


一口に「殺し屋」と言っても、その武器やバックグラウンドはさまざまです。
あらゆるツキに見放されている殺し屋の天道虫は首折りが得意。
他にもこれまでのシリーズではナイフ使いとか「押し屋」とかが登場しました。
今作に登場する6人組の殺し屋たちは吹き矢を使います。
神経毒などを塗った針を標的に向かって吹くわけですから、なかなか凶悪です。
しかも容姿に優れていて、人生楽勝コースを歩んできた勝ち組ばかりで、他人を見下し嗜虐趣味があるという、『マリアビートル』に登場した「王子」を彷彿とさせる人間的にも嫌な奴らです。
彼らとは対照的な殺し屋として描かれるのが、「モウフ」と「マクラ」という女性2人組。
小柄で、一見ごく普通の一般人なのですが、それこそが彼女たちの武器で、シーツを操り敵を見事にぐるぐる巻きにしてしまいます。
彼女たちは同じ高校に通っていた友人同士なのですが、学生時代はごくごく普通の、いやどちらかというと目立たないタイプで、6人組のような容姿にも能力にも恵まれている人たちを「スイスイ人」と呼んで敵意を抱いています。
あらゆる面で運が悪い天道虫にしても、スイスイ人には程遠いでしょう。
そんな彼らが6人組の殺し屋を1人ずつ確実に倒していく展開は、なんとも爽快でした。
殺し屋の仕事を爽快と言ってしまうのは語弊がありますが、やはり弱い方、運が悪い方、平凡な方に肩入れしてしまうのが人情というもの。
物語の中でくらいは、人生の勝ち組が最終的に負けるという展開を見て溜飲を下げたいですからね。
そういう意味で、やはりこのシリーズは庶民のための痛快エンターテインメントだなと改めて実感するのでした。


一見すると殺し屋たちとは何の関係もなさそうな政治家の蓬がどのように紙野結花をめぐる騒動に関わってくるかも読みどころです。
殺し屋たちの息もつかせぬバトルだけでなく、伏線回収の妙も見せてくれる、伊坂ワールド全開の物語はシリーズ4作目になっても健在でした。
今後もシリーズが続いていくことを心から願っています。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『リラの花咲くけものみち』藤岡陽子


母を亡くした岸本聡里は、父の再婚相手とうまくいかず不登校になっていたところを、祖母・チドリに引き取られた。ずっとかわいがっていた犬や、祖母の家のペットたちとのふれあいから、少しずつ生きる気力を取り戻し、獣医師を目指すようになる。北海道の大学に入学し、「動物を診る」ことの厳しさにくじけそうになる聡里を励ましてくれたのは、友人たちや、動物たちだった――。 少女が大きく成長していく姿を描いた感動作!

吉川英治文学新人賞を受賞したり、NHKでドラマ化されたりした話題作ですが、話題作でなかったとしても私にとってはこれは読むしかなかった作品です。
北海道の大学で獣医を目指す大学生の物語――なんか聞いたことありますね?
そう、かの名作マンガ『動物のお医者さん』 (佐々木倫子・作) です!
『動物のお医者さん』大好きで、高校の修学旅行の自由行動では北大を見学しに行って、もちろんドラマも毎週欠かさず見た私としては、本作も読まないわけにはいかないでしょう。
まさに待ちに待った文庫化で、うきうきと読み始めました。


舞台設定こそ似ているものの、本作と『動物のお医者さん』は当たり前ですがまったくの別物です。
コメディータッチだった『動物のお医者さん』と比べると、本作はかなりシリアスな物語です。
まず、主人公である聡里 (さとり) の境遇からしてかなりシリアス。
小学4年生で母を亡くし、6年の時に父が再婚。
継母は聡里を邪険に扱い、聡里が以前から飼っていた犬のパールのことも気に入らず、自分が家にいない間にパールが捨てられるかもしれないと恐れた聡里は、学校に行けなくなり引きこもり状態になってしまいます。
その後、聡里の状況に気づいた祖母のチドリに引き取られ、チャレンジスクールという特殊な高校に通いながら受験勉強をして北海道の北農大学に入学したのでした。
大学入学後も楽しい学生生活が始まるという感じではまったくなく、聡里にとっては試練だらけです。
何しろ中学時代はずっと不登校で引きこもり生活をしていて、高校も普通の高校ではなかったため、友達がおらず人見知りが激しい状態。
北農大学の女子寮のルームメイトともうまく会話できない聡里に、この子大丈夫かな……と心配になるほどでした。
それでも親切な先輩にあれこれ世話を焼いてもらい、寮のルームメイトにも自分の境遇を打ち明けたことをきっかけに仲良くなって、聡里の大学生活は少しずつ軌道に乗っていきます。


けれども獣医になるための勉強は生易しいものではありません。
診療対象が人間だろうと動物だろうと、医学の道は険しく果てしないと思い知らされるような展開が続きます。
動物がかわいい、好きだという思いだけで務まるようなものではなく、聡里も実習で命の選別を迫られる場面に直面して恐慌をきたし、東京の祖母の元に逃げ帰ってしまいます。
自分には無理だと何度もくじけそうになりながら、それでも祖母や先輩、友達の温かい励ましを受けて立ち直って勉学の場に戻り、学び続けていく聡里の姿に感動するやら、ホッとするやらでした。
なんだ聡里、意外とたくましいな、と。
何かを目指して学ぶときに一番大事なのは、そういうたくましさなのでしょう。
努力し続けるには強い意志と、困難を乗り越える力が必要。
これは獣医学に限らずどんな学問でも同じです。
学びの道の途中には、自分の力が及ばないと感じる時も、逃げ出しくなるような時も、前に進んでいると感じられない時もある。
けれども、大学での学びは決してひとりで行うものではありません。
聡里も、大学の先生はもちろんのこと、実習先の人々や、アルバイト先の動物病院の先生といった、年齢も境遇もさまざまな人たちに教え導かれていきます。
勉強の合間には、友情を育んで、恋もして。
そういう大学で経験することのすべてが、その先に待つ社会人生活の、いや人生の糧になっていく。
今さらながら、大学時代って人生において本当に重要なあらゆる学びの時間だったのだと、聡里の学びの物語が教えてくれました。


学年が進むごとに確実に強くたくましくなっていく聡里の成長ぶりが素晴らしく、最終的に聡里が選んだ進路も納得でした。
動物の生死を扱う過酷な場面も多くて決して優しいだけの物語ではありませんが、北海道の美しい自然描写が心を癒してくれます。
『動物のお医者さん』とはまた違った視点で、獣医学と動物たちと北海道の魅力を存分に描き切った作品でした。
巻末のドラマ主演の山田杏奈さんと作者の対談を読むと、シリーズ化される可能性もありそうですね。
ぜひそうなるといいなと思っています。
☆5つ。