tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

2021年12月の注目文庫化情報


今年もあと1か月を切りました。
年末恒例の各種ミステリランキングが続々と発表されていて、米澤穂信さんとアンソニーホロヴィッツさんは相変わらず強いなと感心しているところです。
私も今読んでいる本を読み終わったら次は『ヨルガオ殺人事件』なので、とても楽しみ。


さて、今月はあまりこれといった新刊がありません。
アミの会 (仮) のアンソロジーは楽しみですが。
といってもすでに積読が年内には読み終えられないくらいにあるので、まずはそれらを片付けなければいけませんね。
そろそろ自分の年間ベストも考え始めなきゃ。
忙しくも楽しい季節、充実した時間を過ごしたいと思います。

『熱帯』森見登美彦


どうしても「読み終えられない本」がある――。その名も『熱帯』。
この本を探し求める作家の森見登美彦はある日、〈沈黙読書会〉なる催しでふしぎな女性に出会う。彼女は言った「あなたは、何もご存じない」と。
『熱帯』の秘密を解き明かすべく組織された〈学団〉と、彼らがたどり着いた〈暴夜書房〉。
東京・有楽町からはじまった物語は、いつしか京都、さらには予想もしなかった地平へと突き進む。

いやあ、これはなんとも不思議な小説です。
冒頭に登場するのが明らかに作者本人、つまり森見登美彦さんご自身としか思えず、おや、私小説風?と思いながら読み進めていくと、思いもかけない壮大な冒険の世界へ誘われ、さらには現実の世界と物語の中のファンタジー世界とが混じり合っていき、いったい私はどこへ連れていかれるのだろうという楽しくもちょっと不気味な感覚を味わいました。


物語前半で語られるのは、佐山尚一という人物が書いた「熱帯」というタイトルの小説を追い求める人々の話です。
「熱帯」は、誰も最後まで読み終えたことがなく結末が謎であり、国会図書館古書店などどこをあたっても見つからない幻の本。
その謎の本をめぐる物語、という本好き・物語好きにとってはたまらない設定になっています。
東京のとある喫茶店で開かれる不思議な読書会、そこで出会った「熱帯」を追い求める人々、彼らの会合から始まる京都への旅――と、最初は1冊の本をめぐる謎解きミステリ風に始まり、ミステリ好きとしてもとても胸が躍りました。
けれども本作はミステリではありません。
中盤からは、ある人物が熱帯の海に囲まれた島を舞台に冒険を繰り広げる物語を語り始め、そこからは物語が物語を呼ぶ構成へと徐々に姿を変えていきます。
自分がこれまでに読んできたあらゆる物語の要素を全部含んでいるような気もするし、どの物語とも全く似ていないような気もする。
そんな不可思議な物語は、一体どんな展開になっていくのか、どんな結末を迎えるのか、終着点はどこなのか、なかなか想像がつきません。
ただひたすら文字を追い、愉快な気分になったり恐ろしく感じたりドキドキワクワクしたりと、感情が揺さぶられます。
森見さんの作品はいつもそうですが、その独特の世界観がとても魅力的です。


世界観は独特ですが、本作にはモチーフとなった実在の物語があります。
作中でも繰り返し登場し語られる、かの有名な「千一夜物語」です。
日本では「アラビアンナイト」としても知られます。
千一夜物語」を全部読破したという人は少ないかもしれませんが、「アラジンと魔法のランプ」「シンドバッドの冒険」「アリババと40人の盗賊」といった有名な物語は、誰でもパッと思い浮かぶのではないでしょうか。
そういう意味では「千一夜物語」は万人になじみ深い物語だといえます。
また、「千一夜物語」は入れ子構造を持つ物語で、ある人物が語る物語の中の登場人物がまた別の物語を語り始め、さらにその物語の中の人物がさらなる他の物語を語る、といった構成になっているのだそうです。
その説明を本作の中で読み、へえ、「千一夜物語」ってそんな話だったのか、面白そうだなと思っていると、本作自体が徐々に「千一夜物語」と同じく、次々に語り手が変わっていくつもの物語が語られていくというものに変わっていきます。
まるでマトリョーシカのように物語の中の物語、さらにその中の物語――と読み進めていくうちに、頭の中はどんどんこんがらがっていきました。
いったい私は今誰の、どの物語を読んでいるのか?
物語に置いて行かれないように、必死にしがみついていかなければならない。
そんな読書体験は初めてで、自分の想像力を最大限に試されているような感じがしました。


なんとなくきれいな結末を迎える物語ではないだろうなという気がしていましたがそれは予想通りで、謎のままほったらかしにされてしまった部分もありますが、物語は閉じることのない円環となってずっと続いていき、その中に自分自身も取り込まれていくような感覚は、非常に新鮮で面白いものでした。
想像の翼を自由に広げ、どこまでも新しい世界を創造していくという、物語の持つ魅力を存分に表現した作品です。
これまでに読んだ森見作品のモチーフがところどころに登場するのも、いちファンとしてとても楽しくうれしいものでした。
千一夜物語」も読んでみたくなりましたが、読むのはなかなか大変だろうなあ……。
☆4つ。

『沈黙のパレード』東野圭吾


静岡のゴミ屋敷の焼け跡から、3年前に東京で失踪した若い女性の遺体が見つかった。逮捕されたのは、23年前の少女殺害事件で草薙が逮捕し、無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。町のパレード当日、その男が殺された――
容疑者は女性を愛した普通の人々。彼らの“沈黙”に、天才物理学者・湯川が挑む!

探偵ガリレオ」シリーズの9作目にあたる作品です。
前作『禁断の魔術』で渡米した湯川先生が、4年ぶりに日本へ帰ってきました。
教授になって仕事の内容も少し変わってきたようですが、帰国早々に殺人事件に関わってしまうところがいつものガリレオ先生だなぁというところです。


物語冒頭で語られるのは、若き日の草薙刑事が捜査に関わった殺人事件の容疑者・蓮沼が、状況証拠は揃っていたにもかかわらず、完全黙秘の末に無罪になった顛末。
ここで語られる草薙をはじめとする捜査陣の無念が、本作の物語全体の原動力となります。
湯川がやってきた町で起こった歌手の卵の失踪事件でも容疑者となるも、再び罪に問われず釈放された蓮沼に、草薙はもちろん悔しさとやりきれなさを募らせますが、この展開は読者としてもフラストレーションがたまりました。
明らかに怪しく犯人に間違いないだろうと思えるのに、罪に問えず報いを受けさせることができない。
司法の限界に、腹が立つやら悲しくなるやら。
そうこうしているうちに、その蓮沼が遺体となって発見されます。
どうやら蓮沼は殺されたらしく、その事件の捜査には地元警察の協力要請を受けた草薙と内海薫があたることになりますが、ここにきて湯川が草薙たちに協力をし始めるのです。
このように、読者に感情移入させ物語に入り込ませる流れはさすがに見事だと言わざるを得ません。
シリーズを追っているからこそ、湯川が捜査に加わればもう大丈夫だろうと思える、そんな読者心理を巧みに捉えています。
そのおかげで、湯川が動き始める後半から最後までは本当に一気読みでした。


さて、本作はミステリとしても高く評価されており、2018年度の週刊文春ミステリーベスト10で見事1位を獲得しました。
ミステリとしては、ある有名な作品へのオマージュになっているところが注目すべきポイントでしょうか。
蓮沼は2つの殺人事件で罪を問われないままになっており、彼に恨みを持つ人物がたくさんいると考えられます。
実際、動機的にも状況的にも事件の関係者の誰が犯人であってもおかしくなく、それどころかどうやら協力し合っているらしいということがほのめかされていて、まさかの「全員が犯人」なのでは、と思える筋書きです。
「全員が犯人」……そう、ミステリファンにはおなじみのあの古典作品が思い浮かびますね。
湯川がその作品の探偵にたとえられるセリフも登場しており、オマージュであることは明らかです。
けれども、もちろん本作には本作オリジナルのひねりが加えられています。
犯人がなんとなくほのめかされていることで、倒叙ミステリなのかなと思いながら読んでいると、最後のどんでん返しに驚かされました。
湯川が真相にたどり着いた推理の過程や論理展開があまり説明されていないのが気にはなりますが、そこは湯川の類まれなる超推理力がものを言った――というところでしょうか。
そして、タイトルに含まれる「沈黙」とは、蓮沼の黙秘だけを指すのではなく、最後に明らかになる真相にもちなんだものだったのだと気づかされます。
本当に「沈黙」していたのは誰だったのか――蓮沼がどうやって殺されたのかというハウダニットの謎だと思って読んでいたら、実はフーダニットだったというところに、最大の意外性がありました。


湯川が見せる優しさや思いやりの気持ちがあたたかく、謎が解けたスッキリ感も相まって、読後感のよい作品でした。
ただ、湯川が完全に福山雅治さんのイメージで描かれているのには、シリーズを1作目からずっと読み続けている読者としては、複雑な気持ちがしなくもない、というのが正直なところです。
何しろ当初、湯川は佐野史郎さんのイメージだったはずなので、あまりにもイメージが変わりすぎている上、あからさまに福山さんでの映像化を意識して書かれている場面もいくつかありました。
案の定、来年映画が公開される予定とのこと。
あまり映像化ありきの作品にしてほしくはないけれど……、まあ、面白ければいいかな?と、やっぱり少々複雑な気分です。
☆4つ。




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