tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『風神の手』道尾秀介

風神の手 (朝日文庫)

風神の手 (朝日文庫)


遺影専門の写真館「鏡影館」。その街を舞台に、男子小学生から死を目前に控えた老女まで、様々な人物たちの人生が交差していく――。
数十年にわたる歳月をミステリーに結晶化する、技巧と世界観。朝日新聞連載の「口笛鳥」を含む、道尾秀介にしか描けない、その集大成といえる傑作長編小説。

朝日新聞で連載されていた「口笛鳥」は連載中に読んでいたのに、本作が「口笛鳥」をもとにさらに進化した作品だということには読むまで気づきませんでした。
というのも、この『風神の手』の中では、「口笛鳥」は第二章にあたり、これが最初に書かれた章なのです。
第一章「心中花」と第三章「無常風」、そしてエピローグの「待宵月」の3つのパートが追加されて500ページ近いボリュームになっています。
長編小説というよりは連作中編集といったような読み心地で、「口笛鳥」で描かれた世界がさらに広がりを持ったミステリ作品に進化していました。


第一章「心中花」では、とある地方の町に暮らす高校生の少女と、その町の名物である「火振り漁」の漁師になった青年との、淡い恋物語が描かれます。
少女は父親の会社が起こしたある事件がきっかけで町を離れることになるのですが、その直前に火振り漁に出ていた青年の頭上に石が落ちてくるという事故が起こり、そのままふたりは別れることになってしまいます。
作中で登場するいくつかの嘘と、少女が大人になってから知る青年の事故の真相がとても印象的でした。
第二章「口笛鳥」は小学生の男の子ふたりのお話。
友達を作ることが苦手なふたりが出会って、仲良くなりますが、ある日事件に巻き込まれます。
事件はちょっと物騒ですが、男の子たちの冒険譚のようで微笑ましく、楽しく読めるお話です。
新聞連載中はもちろんこの話しか読んでいなかったわけで、単独で読んでも十分面白いのですが、第一章と共通する場所や出来事が出てきて繋がりが感じられると、また違った印象がありました。
第三章「無常風」では第一章と第二章から一気に時が進みます。
病気で余命少なくなった女性が過去を振り返る形で物語が進み、前の2つの章で語られた謎が解き明かされていきます。
そして最後にエピローグの「待宵月」で、各章の主要な登場人物たちが勢ぞろいし、優しく、少し郷愁を帯びた余韻を残して物語の幕が閉じます。


道尾秀介さんの作品はホラーやダークな雰囲気のものも多いですが、本作は怖さを感じる部分はほとんどなく、比較的明るいムードで読みやすくなっています。
ですが、巧みな伏線の張り方とその回収ぶりは健在です。
話が進むにつれて気になることが増えていき、あれこれ想像したり推理したりという楽しみ方ができます。
全部の謎が完全に解かれるのではなく、多少あいまいな部分を残したまま終わるのがまた心憎いと感じました。
読み終わった後も、「あの人物のあの行動はこういうことかな」などと想像が膨らみます。
そして、道尾さんといえば、「嘘」をとても印象的に謎解きの中に取り込んでいる作家さんです。
地の文に嘘があるというようなことではなく (そこはミステリとしてフェアであることが徹底されています)、登場人物たちがつく嘘が、物語の方向性を大きく左右します。
その嘘には、罪のないかわいらしいものもあれば、誰かの運命を大きく変えるような嘘もある。
誰かがあるとき嘘をつかなければ、ある出来事は起こらなかったかもしれないし、その結果、全く異なる人生を歩むことになる人もいれば、生まれてくることさえなかった命もあるのだということーー。
本作のストーリーを大雑把に一言でまとめると、「風が吹けば桶屋が儲かる」ということになります。
私自身も、さまざまな出来事が思わぬ形でつながり、偶然が重なり繋がった結果として今この世に存在しているのだなと、感慨深い気持ちになりました。


日常の謎」というのとはちょっと違うかもしれませんが、殺人事件の起こらないミステリで、根っからの悪人というのも登場せず、優しく温かみのある物語でした。
パズルのピースをはめていくように、ある出来事とある出来事との繋がりと因果関係を見出していくと、きれいな全体図が完成する、その気持ちよさを存分に味わえます。
「パズラー」というミステリ用語がまさにぴったりな作品です。
☆4つ。