tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『滅びの前のシャングリラ』凪良ゆう


「明日死ねたら楽なのにとずっと夢見ていた。
なのに最期の最期になって、もう少し生きてみてもよかったと思っている」
「一ヶ月後、小惑星が衝突し、地球は滅びる」。学校でいじめを受ける友樹、人を殺したヤクザの信士、恋人から逃げ出した静香。そして――荒廃していく世界の中で、人生をうまく生きられなかった人びとは、最期の時までをどう過ごすのか。滅びゆく運命の中で、幸せについて問う傑作。

もはや本屋大賞ノミネートの常連になっている凪良ゆうさん。
本作は滅亡することが確定した地球で最期までの時間を過ごす人々の物語。
――ん?どこかで聞いたことのある設定だな、と思いました。
もう20年以上も前の学生時代に読んだ新井素子さんの名作、『ひとめあなたに…』と設定がほぼ同じなのです。
当時大好きで何度も読み返した新井さんの作品、凪良ゆうさんも好きで大いに影響を受けて書いたのが本作と知って、感激しました。
さらに、巻末には凪良さんと新井素子さんとの対談まで収録されていて、驚くやらうれしいやら懐かしいやらで感情が忙しいことにもなりました。
長年読書を続けていると、思わぬところで作品どうしがつながってくることがあり、それが喜びのひとつです。


ある日突然、1か月後に小惑星が地球に激突することが判明し、ほとんどの人が死ぬことになるだろうと発表されます。
当然ながら、世界はパニックになり、徐々に秩序や道徳が失われていきます。
暴力行為や略奪があちこちで起こり、食べ物やその他の生活必需品が手に入りにくくなり、移動が困難になり、インターネットもつながりにくくなって、荒廃していく世界。
そんな地球滅亡までの1か月間をなんとか生き抜こうとする、生きづらさを抱えた4人の人物の物語が描かれます。
一人目はいじめられっ子の高校生・江那友樹 (えなゆうき)。
憧れの同級生・藤森雪絵が東京に行こうとしていることを知り、道中の彼女を守ろうと家を出ます。
二人目は中途半端なチンピラとして生きてきた40歳の目力信士 (めぢからしんじ)。
何かと信士に目をかけてくれた五島に命じられ、ある大物ヤクザを殺した信士を待っていたのは、地球が滅亡するというニュースでした。
三人目は友樹の母、江那静香。
シングルマザーとして生きてきた静香は、地球滅亡を前にして、友樹を最後まで守り抜こうと固く決意します。
四人目は生き馬の目を抜くような芸能界で生きてきた人気女性歌手Loco。
自身のマネージャーであり愛人関係にあった男を殺した彼女は、地球滅亡目前でLocoになる前の山田路子に戻って、故郷の大阪で昔の仲間たちと共に最後のライブを開催します。


もしもあとわずかで地球が滅びることが確定してしまったらどうするか。
自暴自棄になったり、犯罪行為に走ったり、何とか普段通りの生活を維持しようと抗ったり――人によって、その反応はさまざまでしょう。
本作のメインの人物として登場する友樹、信士、静香、路子はみな、最後まで生き抜こうとする人たちです。
自分の最期が迫っているという事実を突き付けられても彼らはそれほど取り乱したりしないし絶望したりもしておらず、強い人たちだなと感じましたが、現実感がないというのも実際のところなのでしょう。
避けられないものならどうしようもない、という諦観も感じられます。
それでも信じたくない事実を受け入れられずに狂っていく人たちも多く、世界は秩序を失い、小惑星の衝突を待たずとも壊れていきます。
そんな中で友樹たちと雪絵を加えた5人が家族としての機能や絆を取り戻し、最期を目前にして自分らしく生きられるようになっていくという、その対比が印象的でした。
最後だからこそ、自分を見つめなおして素直になれた、ということはあるのでしょう。
いじめられ、好きな女の子の前で惨めな思いをしていた友樹、親の愛を信じきれない雪絵、いつまで経ってもろくでもない下っ端チンピラのままの信士、友樹を妊娠したことをきっかけに恋人の暴力を恐れて逃げずにいられなかった静香、競争が厳しい芸能界で疲弊しきっていた路子。
生きづらさを抱えていた人たちが最後の最後に生きる希望や小さな幸せを見出すというのは非常に皮肉ですが、そういうものなのかもしれないという妙な納得感もありました。


地球滅亡までのカウントダウンを描くディストピア小説でありながら、確かに希望や幸福が感じられる作品でもあります。
ただやはり、その希望や幸福が期限付きで刹那的なものであるということがなんともいえず切なく悲しいことも否めません。
読後感は悪くはありませんが、とても複雑な気分でした。
地球滅亡を回避しようと奮闘するでもなく、ただただ、滅びの時を前にした普通の人々の最後の時間を描いているだけではあるのですが、だからこそ「生き方」について考えさせられました。
☆4つ。