tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『六人の嘘つきな大学生』浅倉秋成


成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。

2022年度の各種ミステリランキングにランクインし、本屋大賞にもノミネートされた話題作です。
就職活動という題材とミステリというジャンルの組み合わせがなかなか新鮮ですね。
ミステリとしてはもちろん、就職活動を描く物語としても面白そう、という期待が裏切られることはありませんでした。


2011年、「スピラ」というSNSが人気を博して急成長した新興IT企業「スピラリンクス」が初めて新卒採用を行うことになり、激戦をくぐり抜けて残った6人の大学生に課せられた最終選考。
それは、6人でのグループディスカッションであり、全員に内定を出す可能性もある、と聞かされた6人は、定期的に集まって対策を練り、チームワークを構築していきます。
ところが、最終選考の本番直前になって課題が変更され、全員で話し合って6人の中から1人だけ内定にふさわしい人間を選べと言われ動揺する6人でしたが、選考中にある「事件」が起こります。
それは6人全員の「罪」を告発する文章が入った封筒が何者かによって選考の場に持ち込まれたというものでした。
さて告発を行ったのは誰なのか、誰が最終的に内定を獲得するのか、という謎が、前半は6人のうちの波多野という就活生の視点から、そして後半は内定を獲得し無事にスピラリンクスに就職した人物の視点から描かれていきます。
作者の浅倉さんはご自分のことを「ロジカルモンスター」だと言われているそうですが、まさにその通りで非常に論理的に組み立てられた謎解きが展開されます。
あまりにも丁寧にフェアに伏線が張られているので、そのロジックをきちんと追うことさえできれば読者が真相にたどり着くのも難しくはなく、実際に私自身も告発を行った犯人については作中で解明される前に正解することができました。
けれどもそこで終わり、とならないのが本作の優れたところです。
むしろ真犯人が判明した後からが最大の読みどころとなるので、最後まで気が抜けません。
「どんでん返し」というのとはちょっと違う気がしますが、最大の謎が解けても物語としては終わりではない、というのは個人的に非常に好みの展開でした。


ミステリとしては読者も謎解きに参加できるようなフェアで明快な描き方が好印象でしたが、就職活動の描き方についても共感でき納得できる点が多くありました。
6人のうちのある人物が、就活生を選考する企業の人事部の人々が本当に優秀な人物を正しく選考できているのかと疑問を呈するのですが、これには確かに……と思わずにはいられませんでした。
人事部の人たちも普通の会社員です。
せいぜい30分や1時間の面接で学生の本質を見極めることが可能なのか?というのは私自身も就活生時代に疑問に思ったことでした。
そしてもうひとつ、作中で就活生が自分の学生時代の実績について嘘をついているという描写が出てきます。
アルバイト先を偽ったり、サークルやボランティア活動でリーダーを務めた (実際はリーダーではない) と言ったり。
そういう嘘をついてでもアピールをうまくできた就活生が最終選考に残っているという現実は皮肉ではありますが、一方で企業側も嘘というほどではなくても自社の悪いところをわざわざ学生に告げたりすることはなく、いいことしか言わないというのも確かなのです。
つまりは就職活動においては、学生側も採用側もお互い様だということ。
いえ、むしろ私は本作において一番たちが悪いのはスピラリンクスの人事だったのでは?という気がしてなりませんでした。
圧迫面接ではないけれど、ずいぶん意地の悪い選考の仕方をしていると思えたのです。
タイトルは「六人の嘘つきな大学生」となっているけれど、さて学生だけを「嘘つき」と責められるのか?と考えると、日本の新卒採用システムの問題点が見えてくるようでした。


そこまで大きな驚きや意外性があったわけではありませんが、自分で謎を解く楽しみを味わい、就職活動についてあれこれ考えさせられました。
非常に読みどころの多い、読み応えのある作品です。
就活生はもちろん、採用側の社会人にもぜひ読んでほしいと思いました。
☆4つ。