tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『フリーター、家を買う。』有川浩

フリーター、家を買う。 (幻冬舎文庫)

フリーター、家を買う。 (幻冬舎文庫)


就職先を3カ月で辞めて以来、自堕落気侭に親の臑を齧って暮らす“甘ったれ”25歳が、母親の病を機に一念発起。バイトに精を出し、職探しに、大切な人を救うために、奔走する。本当にやりたい仕事って?やり甲斐って?自問しながら主人公が成長する過程と、壊れかけた家族の再生を描く、愛と勇気と希望が結晶となったベストセラー長篇小説。

嵐の二宮くん主演でドラマ化されたので、この原作小説のことを知らなくてもタイトルは知っているという人は多いのではないでしょうか。
私はドラマも見ていなかったので、あまりどういう話か知らずにこの作品を読みましたが、なるほどこれはドラマ化に向いている話だなぁと思いました。


新卒で就職した会社を3か月で退職し、その後始めたいくつかのバイトも長続きせずに、半分引きこもりのような生活をしていた誠治。
家族との関係も就職活動もうまくいかない状況で、母の寿美子が重度の鬱病を患っていることが発覚します。
長年にわたる近隣住民からのいじめによって積もり積もったストレスに押しつぶされてしまった寿美子を救うために、誠治は一念発起して本気で就職を目指して活動を始めます。
ですが、大した資格も特技も経歴もない誠治に対し、世間の風は厳しくて…。


もっと明るいコメディータッチの話なのかと思っていたら、その予想は序盤であっさり覆されました。
今までの有川浩さんの作品と比べても、かなり重くて暗い話なのです。
寿美子の鬱病はかなり悪い状態で、その病状の描写は読んでいてこちらも胸が塞ぐ思いがするほどでした。
寿美子の夫・誠一の、鬱病に対する理解のなさと、プライドばかり高くて自分勝手でひねくれた性格には腹が立ちました。
もちろん、自堕落で自分に言い訳をしてばかりで、アルバイトの仕事に対しても就職活動に対してもいい加減で無気力な誠治にも腹が立ちました。
それでも、家庭が崩壊寸前のところまで行きながらも、ギリギリのところで自らの間違いに気づき、反省し変わる努力を始める誠治の姿にうれしくなりました。
本当にギリギリの、危ういところまで自らと家族の危機に気付かなかった誠治ですが、ギリギリでも間に合ったのならチャンスはいくらでも見つけられるのだと思いました。


私自身もロスジェネ世代で、就職氷河期を経験しているので、就職活動の厳しさに関しては他人事とは思えませんでした。
自然と誠治を応援するような気持ちになって読んでいました。
有川さんもこの作品を書くにあたっては、誠治のようなフリーターや第二新卒を叱咤激励する意図もあったことだろうと思います。
ですが、それ以上にそうした若者たちの上の世代の人間に対するメッセージも込められているのではないかと感じました。
最近の若者は礼儀やマナーがなっていないとか、ゆとり世代は常識がないとか根性が足りないとか、とかく大人たちは若者を批判しがちです。
ですが、若者たちを社会に貢献できる人間に育てていくのは、上の世代の責任であるはずです。
批判するばかりで育てる努力が上の世代には足りていないのではないだろうか、誠治のような「やればできる」原石の若者を見出す能力が乏しいのではないだろうか、と考えさせられました。
もちろん若者の側にも努力は求められるでしょうが、上の世代も「育成する」能力をもっと磨く必要があるのだと思います。


物語の後半は「お仕事小説」としてとても魅力的な話に仕上がっています。
生まれ変わったかのような誠治の仕事ぶりにも目を見張りましたが、個人的には何よりも誠治の上司である「作業長」が魅力的に感じました。
仕事に情熱を持っていて、若い誠治にも仕事を任せられると判断したところはどんどん任せていって、もちろん誠治がへまをやらかせばきちんと叱る。
理想的な上司像だと思います。
こうした「きちんと若者を指導できるかっこいい大人」は有川作品にはよく登場するような気がしますが、現実にそういう大人が少ないからこその有川さんの希望が描かれているのかもしれないと思いました。


特に後半のストーリー展開がちょっとご都合主義的だったり、父親としての誠一の描き方がステレオタイプだったり、というところは有川さんの欠点が出てしまったかなという気はしましたが、それ以上に若者の成長小説、お仕事小説としてとても痛快でさわやかで、楽しく読める作品でした。
重苦しいテーマを軽いタッチで読みやすいストーリーに変換する手法がお見事。
有川さんならではのラブコメ要素もラストに少し登場し、ファンの期待も裏切りません。
☆4つ。