tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『物語のおわり』湊かなえ

物語のおわり (朝日文庫)

物語のおわり (朝日文庫)


病の宣告、就職内定後の不安、子どもの反発…様々な悩みを抱え、彼らは北海道へひとり旅をする。その旅の途中で手渡された紙の束、それは「空の彼方」という結末の書かれていない小説だった。そして本当の結末とは。あなたの「今」を動かす、力強い物語。

先日は日常の謎ミステリの名手・坂木司さんのイメージががらりと変わるブラックな短編集『何が困るかって』を読んだのですが、今度はイヤミスの女王として知られる湊かなえさんの、これまたイメージが変わるあたたかい雰囲気漂う連作短編集です。
イメージが逆方向の2人の作家さんのイメージチェンジ的作品を連続で読むなんて、偶然とはいえなかなか面白いタイミングで読めました。


この作品は構成がいいですね。
まず最初の章で「空の彼方」というタイトルの、両親が営むパン屋を継ぐと決め、長らく付き合った男性と婚約もした女性が、有名な作家から小説を書く才能を見出され弟子になるチャンスを得るという物語が語られます。
この「空の彼方」が作中作であることが分かるのは次の章。
以後、「空の彼方」は各短編の主人公から主人公の手へと順番に手渡されていきます。
そして最後にこの作中作の正体、つまり、誰がどのようにして書いた小説なのか、ということが明かされるのです。
ミステリとは言えないかもしれませんが、連作短編ミステリの基本をしっかり押さえた構成が、さすが湊さんですね。
特に驚きはありませんが、最初の章と最後との章とがきれいにつながり、すっきりと気持ちよく読み終えられました。
それでいてストーリー展開にも嫌らしさがなく、非常に読みやすいので、誰にでもおすすめできる作品に仕上がっています。


「空の彼方」を渡されて読むことになる、各短編の主人公たちは、性別も年齢もバラバラですが、それぞれに悩みや迷いを抱えています。
妊娠中にガンを告知された女性、家業を継ぐことになりカメラマンになる夢をあきらめねばならなくなった男性、就職を控えて自分の才能に自信が持てない女子大生、娘の実現可能性の低そうな夢に反対する父親、夢を追う恋人と別れた後仕事に集中してきたキャリアウーマン。
「空の彼方」は物語が中途半端なところで終わっているので、彼らは読み終わった後、自分だったらどのような結末をつけるか、と想像します。
歩んできた人生がそれぞれ異なるので、作品に対して抱く感想も結末もみな異なっていて、それが面白いなと思いました。
これは読書の面白さそのものを描いているんだなと思ったからです。
読み方も、読後の感想も人それぞれ。
どれが正しくてどれが間違っているというようなものではなく、自分なりの読み方や感想でいいのです。
小説は特に、読み終わった後にインターネットで他の人の感想を探してみる人も多いと思いますが、それも人それぞれいろんな読み方や感想があり、自分と同じ感想に共感したり、逆に自分とは違った視点からの読み方を知って感心したり、という面白さがあるからです。
ストーリー自体も面白かったのですが、小説を読む楽しさを客観的に見せてくれる、そんなメタ小説的な側面も本作の魅力のひとつだと思いました。


舞台が北海道で、自分が行ったことのある場所が登場してうれしくなったり、ここに行ってみたいなと思える場所が出てきたりで、旅情をかきたてられる作品でもありました。
イヤミスのようなインパクトはありませんが、地味ながら優しい気持ちになれる、とてもいい物語です。
☆4つ。