tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『魂手形 三島屋変調百物語七之続』宮部みゆき


百物語なんかしていると、この世の業を集めますよ――。江戸は神田の袋物屋・三島屋では、風変わりな百物語が続けられている。語り手一人に、聞き手も一人。主人の次男・富次郎が聞いた話はけっして外には漏らさない。少年時代を木賃宿で過ごした老人が三島屋を訪れた。迷える魂の水先案内を務める不思議な水夫に出会ったことがあるという――。三島屋に嬉しい報せも舞い込み、ますます目が離せない宮部みゆき流の江戸怪談。

宮部さんのライフワーク、「三島屋変調百物語」シリーズも7作目に突入しました。
今のところ毎年順調に続編が出ているのがいいですね。
これなら全百話……いや、全99話ですっけ、無事に最後まで行けるのでは?という期待が持てますし、宮部ファンとしては単純に毎年宮部作品が必ず1作は読めるというのがうれしいのです。
刊行時期が夏、というのもやはり怪談だからということなのでしょうかね。
その配慮 (?) もうれしいです。


今回は全部で3つの怪談が楽しめます。
第一話は「火焔太鼓」。
ある山国に伝わる、不思議な太鼓のお話です。
あらゆる火を制するというありがたいお宝の太鼓なのですが、その力の源となっているのは実は――という、怖いというよりは切ない雰囲気のお話でした。
語り手の美丈夫のお侍さんがまたとてもいい人で、でもその人のよさは過酷で悲しい経験をしてきたからこそなのかなと思うといたたまれない気持ちにもなりましたが、聞き手の富次郎が私の代わりに泣いてくれて、なんだか救われた気持ちになりました。
第二話は「一途の念」。
富次郎お気に入りの団子屋の娘・おみよが語る身の上話は、彼女のおとっつぁんとおっかさんの身に起こった悲劇でした。
おとっつぁん・伊佐治とおっかさん・夏栄は同じ料理屋に料理人と女中として勤めていたことで出会って恋に落ちたのですが、料理屋の屋台骨だった主人が亡くなり伊佐治も肺病を患ったのをきっかけに、料理屋の経営は徐々に傾いていき、夏栄を過酷な運命が襲います。
この料理屋の女将さんが嫌な人で不快な気分でしたが、伊佐治と夏栄が一途に互いを想い合う様子は尊くいじらしいです。
けれどもその一途さが最終的には夏栄に悲劇をもたらすことになるというのが、なんとも理不尽で悲しい話でした。
第三話は表題作「魂手形」。
これは「たまてがた」と読みます。
吉富という鯔背な爺さんが語る、木賃宿にやってきた奇妙な客の話です。
この話が全3話の中でいちばん怪談らしいといえるでしょうか、亡くなった後も生きていた頃の恨みのために成仏できずこの世にとどまり続ける死者の魂が登場します。
非常に恐ろしく不気味な話ではあるのですが、死者の魂が生前に受けた残虐な仕打ちが明らかになると、心の底から同情の気持ちが湧いてきました。
幽霊や怪異を生み出すのは、人間の残酷性なのかもしれないと思わせる話です。


もちろん、シリーズものなのでいつもの登場人物たちの動向も読みどころであるのは疑いようがありません。
今作では、嫁に行ったおちかに代わって百物語の聞き役を務めている三島屋の次男・富次郎が、少しずつ自分の身の振り方を具体的に考え始める様子が描かれます。
絵を描くことが好きで、百物語を聞いた後も必ず話のモチーフを絵にしている富次郎。
絵を教えている先生や画材商とのつながりができて、絵師になる道を意識しているのかと思ったら、どうもその道へ進むには迷いがある様子。
いくら次男坊で跡取りではない自由の身といえども、そう簡単に自分の進路を決められるわけではないのは、今も昔も同じということでしょうか。
それでも、そろそろ富次郎もフラフラしていないで自分の仕事を決めるべき時が近づいているのだな、というのが今作では確かに感じられました。
富次郎は気のいい好青年で、百物語の語り手に対する気遣いも思いやりも完璧で、話を聞き終わった後密かにひとりで泣いているような「いい人」です。
そんな富次郎だからこそ、じっくり考えて自分が本当に幸せになれる道を見つけてほしいと思います。
そして、幸せといえば、今作ではおちかが身ごもったことが明らかになりました。
おちかのおめでたを聞いた三島屋の人々の喜びぶりが半端ではなく、おちかがどれだけ愛され、幸せを願われていたのかが存分に伝わってきて、読んでいる方もあたたかい気持ちになります。
一方でどこか不穏な雰囲気も漂っていて、続きが気になって仕方ありませんでした。


百物語の折り返し地点がだんだん近づいてきて、物語的にもますます盛り上がっていく予感たっぷりの「三島屋変調百物語」シリーズ。
早くも来年の夏に次巻を読むのが楽しみです。
ぜひ今後も順調に続けて行ってほしいものです。
☆4つ。




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