tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『この本を盗む者は』深緑野分


“本の街”読長町に住み、書物の蒐集家を曾祖父を持つ高校生の深冬。父は巨大な書庫「御倉館」の管理人を務めているが、深冬は本が好きではない。ある日、御倉館から蔵書が盗まれたことで本の呪いが発動し、町は物語の世界に姿を変えてしまう。泥棒を捕まえない限り町が元に戻らないと知った深冬は、不思議な少女・真白とともにさまざまな物語の世界を冒険していく……初めて物語に没頭したときの喜びが蘇る、胸躍るファンタジー

深緑野分さんというと、『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』と読んできたため、すっかり戦争ミステリ小説を書く人というイメージが私の中では出来上がってしまっていたのですが、今回はファンタジー小説です。
それも、本好きにはたまらない街が舞台の現代ファンタジー
ファンタジーも大好物なので、ワクワクしながらページをめくりました。


もうとにかく舞台の街、読長町 (よむながまち) の設定が素晴らしいとしか言いようがありません。
大型書店から絵本専門店、古書店、ブックカフェ、栞やブックカバーなど本にまつわる雑貨を扱う店など、とにかく本に関するあらゆる店が集まる「商店街」ならぬ「書店街」がある本の街、それが読長町なのです。
まさに本好きの理想を形にしたような街で、ああこんな街に住みたい……とため息が出てきます。
しかしそんな読長町に住む女子高生・深冬は大の本嫌い。
深冬の曾祖父は本の蒐集家で、巨大な書庫「御倉館」を建てて蒐集した本を収め、町の人々にも開放していました。
読長町の住人なら誰でも一度は御倉館に入ったことがあると言われたほどだったのですが、本が盗まれる事件が発生したのをきっかけに、深冬の祖母が一般公開をやめてしまったという経緯があります。
それでも御倉家の一員である深冬はもちろん出入り自由ですし、こんな恵まれた環境にいるのに本が嫌いで読みたくないなんて、なんてもったいない!と思うのですが、彼女の厳格な祖母に関するエピソードを読むと、本が嫌いになるのも仕方ないなと納得しました。
どんな楽しいことであっても、自分の意思に反して強制されれば嫌になって当然です。
読書は「知識が身につく」とか「思考力を鍛える」とか「語彙や想像力が豊かになる」とか利点ばかりが強調されて、時に「やらなければいけないこと」とまるで義務のように言われたりもしますが、読書に限らずどんなことでも各自の自由意思に基づいて好きなようにするのが一番楽しいもの。
誰かに無理強いされるようなものであってはいけないのです。


そんな本嫌いの深冬ですが、御倉館の現管理人である父が入院し、代わりに (?) 本泥棒に対処しなければならなくなりました。
御倉館の蔵書が盗まれたことでブックカースが発動し、読長町が本の世界に変貌し、その中で本泥棒を捕まえて盗まれた本を取り戻さねば元の世界には戻れないという呪いによって、深冬は物語の世界を冒険することになります。
魔法の世界、ハードボイルドの世界、スチームパンクの世界などなど、さまざまなフィクションの世界を冒険し、奇妙な生き物たちと遭遇し、時に絶体絶命のピンチに陥ったり仲間が助けてくれたり、というのはまさに子どもの頃に夢中で読んだ王道ファンタジーのようで胸が躍りました。
本の世界の中に入るというのもよくある設定で、本好きとしてはついついうらやましいなどと思ってしまいます。
本嫌いの深冬も物語そのものにまったく関心がないわけではなく、本の世界から戻ってくると、続きが気になるからとその本を読んでみたりして、少しずつ本嫌いを克服していきます。
やはり本は自らの意思で読みたいときに読むのが一番ですね。
最終的には深冬の祖母が御倉館の一般公開をやめるきっかけとなった本の盗難事件の真相と真犯人も明らかになり、ミステリ的な面白さも味わえました。
深冬があまりいい子すぎないのも好印象でした。
怒りっぽいところもあるし、けっこう無茶な部分もあります。
それを真白という、本の世界の中で出会った少女の助けを借りてなんとか本泥棒を見つけていく様子は、一風変わった少女たちの友情物語としても楽しめました。


深緑さんはこんなファンタジーも書かれるんだなと非常に新鮮でした。
戦場や戦後のベルリンの街の描写のリアリティには唸ったものですが、その描写力は本作でも存分に発揮されており、非現実的な世界が生き生きと色彩や匂いまでリアルに表現されていて、物語の世界にどっぷり浸ることができました。
それにしても、やっぱり読長町の魅力はたまらないなぁ……どこかにこんな街、本当にないかなぁ、と最後までそればかり考えてしまったのは、本好きの性ですね。
☆4つ。