tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『カーテンコール!』加納朋子

カーテンコール! (新潮文庫)

カーテンコール! (新潮文庫)


閉校が決まった私立萌木女学園。単位不足の生徒たちをなんとか卒業させるべく、半年間の特別補講合宿が始まった。集まったのは、コミュ障、寝坊魔、腐女子、食いしん坊…と個性豊かな“落ちこぼれ”たち。寝食を共にする寮生活の中で、彼女たちが抱えていたコンプレックスや、学業不振に陥った意外な原因が明らかになっていく。生きるのに不器用な女の子たちの成長に励まされる青春連作短編集。

タイトルから演劇関係の話かと思ったら、全然違っていました。
経営難に陥り閉校することになった私立女子大を舞台に、閉校の年までに卒業することができなかった学生たちが学生寮に集まって集団生活をしながら必要な単位を取得していく特別補講の様子を描いた連作短編集です。


大学を留年してしまう人というのは少なくはないですが、決して多いわけでもなく、大抵の人は4年で卒業するものだと思います。
つまり、卒業できなかったということは、サボっていたとか成績が振るわなかったとか、何かしら問題があったということ。
本作に登場する女子学生たちは、そんな落ちこぼれたちです。
基本的にやる気がなくて無気力な集団で (例外もいますが)、この子たち大丈夫かな?と物語の中のことながら心配になってしまうくらいです。
けれども、読み進めるうちに、彼女たちは別に好きで落ちこぼれになったわけではないし、落ちこぼれになった理由も事情も人それぞれで、必ずしも本人の責任だとは言い切れないということがわかってきます。
4年で卒業できないのは本人の問題でしょ?という偏見が自分のなかにも少なからずあったことに気づかされました。
外見からはわかりにくい病気や体調不良があったり、虐待とまではいかなくても親の育て方に問題があったり、といった事情は、なかなか他人には理解されづらいものです。
けれども、そうした理解されにくい事情を抱えた人たちは、確かに社会に存在している。
そして、事情があっても大人になれば社会に出て、自分が抱える事情とも折り合いをつけながら生きていかなければならない。
学校とは、そうした人たちをも見捨てずにすくい上げて、どうにかして生きていく力をつけさせて社会へ送り出すための場所なのだ、という根本的なことをこの物語が教えてくれます。


落ちこぼれ女子大生たちをひとりも見捨てずに最後まで面倒を見るのは、理事長とその奥さんと娘さん、そして校医さん。
家族経営でアットホームな環境というのが、学生たちの抱える問題の深刻さや理不尽さをうまく中和して、物語を重すぎないものにしています。
理事長も優しいところもあれば厳しいところもありで、教育者として申し分のない人物です。
最終話「ワンダフル・フラワーズ」では、ついに卒業を目前とした学生たちに理事長がはなむけの言葉を贈りますが、これがまた泣かせます。

未曽有の災害の時に、気象庁は言いますよね。命を守る行動をして下さい、と。ここで私があなた方に伝えておきたいのも、そういうことです。もう駄目だ、耐えられないと思った時、自分の足で逃げられる力を、今のうちに育てて下さい。そして、自分の言葉で、直接『助けて』と言える人を探して下さい。我と我が身を救うための、知恵と勇気を身につけて下さい。


316ページ 5~9行目

人生は決してイージーモードではなく、特に特別合宿に集った学生たちは、あれこれ困難を抱えています。
大学をすんなり卒業できなかった子たちだけに、社会に出たらまたきっと苦労することもあるでしょう。
でも、「逃げる力」「助けを求める力」を備えていれば、なんとか生き抜いていく道はある。
理事長のメッセージは、特別な事情を抱えているわけではない普通の人たちにも、届けるべき言葉なのだと思います。
自分を大事に、そして逃げてもいいんだということを伝えて、苦しむ人を救いたいという理事長の教育者としての深い愛情に、心打たれました。


特にミステリとは銘打たれていませんが、ミステリ的な手法を使ったストーリー展開もあって、加納さんのファンも満足できる作品だと思います。
厳しい現実を描きつつも、優しくあたたかいまなざしで包み込むような加納さんらしい作風に、とても癒されました。
☆4つ。