tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『二百十番館にようこそ』加納朋子


就活に失敗し、オンラインゲーム三昧の「俺」。親に愛想を尽かされた末に送り込まれたのは、離島の薄汚れた建物だった。考えた末、下宿代目当てでニートたちを募って“共同生活”を送ることに。新しい仲間や穏やかな島民、猫たちと交流する中で、閉じた世界が少しずつ広がっていき……。日常ミステリの名手が贈る、爽やかな読み味の傑作長編。

加納朋子さんといえば日常の謎ミステリですが、ミステリ度は低くても素敵な物語もたくさん書かれています。
本作はちょっと『カーテンコール!』を思い出しました。
舞台は全然異なるけれど、ダメ人間の共同生活という点は似てるかな、と。
その共同生活が案外悪くなさそうなのも、ダメ人間の頑張りにちょっと泣きそうになってしまうのも、そんなに大きな謎ではなくともしっかり驚きが用意されているのも、全部が非常に加納さんらしい作品でした。


主人公は就職活動で挫折し、無職のまま実家で親のすねをかじりながらオンラインゲームに没頭するニートです。
ところがある日ついに愛想をつかした親によって、離島に「捨てられて」しまいます。
その島に亡き伯父が遺した企業の研修所として使われていた建物を相続しそこに住むことになるも、インターネット回線もなくコンビニもなく島民は高齢者ばかりという、主人公にとっては過酷な環境で生活していかなければならなくなります。
なかなか理不尽なようにも思えますが、主人公の「逃げ」体質といったらかなりのもので、はなから自分はダメだと決めつけて引きこもってゲーム三昧ではそりゃ親にも見放されるよ、と思えるのも事実です。
就職活動の過酷さは理解できますし、全然うまくいかずに心が折れてしまうのも同情に値しますが、だからといってゲームの世界に逃げ込んでいたのでは将来が危ぶまれますし親が失望するのも当然でしょう。
けれどもそんなニートに対しても加納さんのまなざしはあたたかく優しい。
島民は親切ないい人ばかりだし (多少例外あり)、お金はないけど食料は島の人の手伝いをすることで分けてもらえるというのは恵まれた環境といえます。
親に捨てられたといってもそんなに悪くないじゃないかという印象も否めませんが、そこはしっかり物語上の理由があって、ちゃんと筋が通っていました。


そしてもうひとつ加納さんらしいなあと思ったのは、主人公がハマっているオンラインゲームの描写がやたら細かく丁寧なことです。
加納さんもゲームが好きなんだろうなというのが存分に伝わってきます。
しかもこのゲーム、とても面白そうなんですよね。
私はオンラインゲームにはあまり興味がないのですが、ストーリー重視のRPGというところはとても魅力的に感じました。
そんなゲームを通じて出会ったプレイヤー仲間たちが主人公の住む「二百十番館」に集まってきて共同生活を営むことになるのですが、これがまたそれぞれにいろんな事情を抱えたワケあり人間ばかり。
彼らは共同生活の中で協力し合ったり時にぶつかったりしながら、やがてそれぞれの弱みやトラウマを少しずつ克服し成長していきます。
その様子がまさにRPGっぽいなと思いました。
個性豊かな仲間たちと出会って、ともに冒険の旅をする中で困難な試練に立ち向かい、その中で経験値を積んでいく。
ドラゴンクエスト」シリーズの作者、堀井雄二さんの「人生はロールプレイング」という言葉を思い出しました。
ゲームでは地道な経験値稼ぎもアイテム収集もできるのに、リアルの人生だといきなり難易度が跳ね上がってしまう。
けれどもやることはゲームだろうがリアルの人生だろうが同じなのですね。
頼りにできる仲間を増やし、地味な努力と経験を積み重ねて歩み続けていくしか、旅を楽にする方法はないのです。
ゲームでできることなら、リアルでもきっとできるはずだよ、大丈夫。
そんなニートたちへの声援が聞こえてくるかのようでした。


ところどころ笑えるところもあり、泣けるところもあり、ちょっとした驚きもあり、と盛りだくさんの物語です。
島の新鮮な海産物はおいしそうだし、猫はかわいいし、島民のおじいちゃんおばあちゃんも素敵な人ばかりだし、ほっこりあたたかい気持ちになると同時に、私も二百十番館にお邪魔して一緒にオンラインゲームを楽しんでみたくなりました。
『カーテンコール!』が「逃げてもいい」ということを教える物語ならば、本作は「逃げた後」の人生の立て直し方を描く物語。
オタク風味強めではありますが、十分に爽快なニートの成長譚でした。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp