tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『崩れる脳を抱きしめて』知念実希人


広島から神奈川の病院に実習に来た研修医の碓氷は、脳腫瘍を患う女性ユカリと出会う。外の世界に怯えるユカリと、過去に苛まれる碓氷。心に傷をもつふたりは次第に心を通わせていく―。実習を終え広島に帰った碓氷に、ユカリの死の知らせが届く。彼女は死んだのか?ユカリの足跡を追い、碓氷は横浜を彷徨う。驚愕し、感動する、恋愛ミステリー!第8回広島本大賞、第4回沖縄書店大賞、第1回一気読み大賞、3冠!

現役の内科医でもある知念実希人さんらしく、お医者さんが主人公で病院が舞台になっていますが、今回は医療ミステリというよりは恋愛+ミステリです。
ヒロインが余命わずかという設定なので、切ない悲恋ものなのかと思いきや、実はミステリだというのが面白いところ。
知念さんの持ち味や強みがしっかり出ていて、人気が高いのもうなずけます。


上記のあらすじで紹介されているヒロインの名前「ユカリ」は、実はファーストネームではなく苗字に由来するものです。
主人公の碓氷とは医者と患者という関係で出会っているので、名前ではなく苗字の方を呼び名とするというところに、ふたりの微妙な距離感が表れています。
ユカリさんは「グリオブラストーマ」という悪性脳腫瘍を患っており、神奈川県葉山にある富裕層の終末期患者向けの病院に入院中です。
作中、何度か繰り返される「脳に爆弾を抱えている」というユカリさんの言葉が重くのしかかり、恋愛小説なのにあまりハッピーではないというか、不穏な空気が漂っているのが印象的でした。
碓氷の想いは報われることのないまま、ふたりの別れの日は容赦なくやってきます。
研修医とはいえ医者が担当する患者に個人的な感情を抱くのはいかがなものか?と思いつつ、主人公が医者だからこそヒロインの病状を正確に理解でき、それゆえに運命の残酷さが強調され悲恋ものとして成立しているのは確かです。
もう治らないとわかっている病気を抱えながら、残された日々をどう生きるか。
自分にもいつかやってくるかもしれないシチュエーションだけに、考えさせられます。


ただ、物語が本格的に動き出し、面白くなってくるのは物語後半、碓氷がユカリさんの死の知らせを受けてから。
研修を終えて地元の広島に戻っていた碓氷は、葉山の病院を再訪し、そこで院長たちの対応に疑問を覚えます。
元恋人の冴子に励まされ、ユカリさんが亡くなった場所である横浜で彼女の足跡をたどる碓氷は、やがて意外な事実に直面することになります。
後半は前半の恋愛小説モードが嘘のようにミステリモードに転換し、急展開に少々面食らいました。
その驚きは、読み進めるにつれ快感に変わっていきます。
前半のあちこちに張りめぐらされていた伏線が次々に回収され、どんどん謎が解明されていくのが気持ちいいのです。
ある程度「これはこういうことかな」と読めた個所もあったのですが、それでも結末は予想できませんでした。
読み終えてから冒頭に戻ってみると、プロローグからすでにだまされていたということに気づきます。
計算し尽くした上で配置された伏線、絶妙なミスリードに、感心しました。


作者の別の作品のキャラクターがゲスト出演していて、ファンサービスも抜かりなし。
本当に緻密に計算されて書かれた作品です。
個人的には、ヒロインのユカリさんよりも主人公の元恋人の冴子の方を気に入ってしまったために、いまひとつ恋愛小説の部分には感情移入しきれなかったのですが、これは好みの問題かな。
ミステリとしては好みのタイプで、どんでん返しが不快なものではなかったのもよかったです。
☆4つ。