tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『十字架のカルテ』知念実希人


新人医師・弓削凛は精神鑑定医を目指し、精神鑑定の第一人者・影山司に弟子入りする。影山に導かれ、凛は統合失調症詐病解離性同一性障害など、様々な事件の容疑者たちの心の闇に迫る。そして凛が精神鑑定を学ぶ理由とは。

現役医師である知念実希人さんによる医療ミステリ作品です。
今回は精神鑑定がテーマ。
個人的に関心のある題材なので、手に取ってみました。


新米精神科医の弓削凛は、過去に遭遇したある事件をきっかけに精神鑑定医を目指しています。
警察や検察からの信頼も厚いベテランの精神鑑定医である影山司の弟子となった凛は、助手として影山の精神鑑定に必要な資料や情報を収集するようになりますが、一筋縄ではいかない精神鑑定の難しさに直面することになります。
精神鑑定は事件報道のニュースなどを見ていてもよく登場するため、多くの人にとってなじみのある言葉だと思いますが、その反面、どのようなことが行われるのか正確に理解している人は少ないのではないでしょうか。
また、精神鑑定に関して疑問を抱いている人もいるはずです。
事件が起きて初めて容疑者と接する精神科医が、その容疑者の精神疾患の有無を正しく判断することが可能なのか。
そして精神鑑定の結果、容疑者が犯行時に心身喪失状態もしくは心神耗弱状態だったと診断されたとして、それによって減刑もしくは無罪になることが本当に正しいことなのか。
私もそうした疑問を持っていました。
本作の主人公である凛も、ある事情により同じような疑問を持っています。
彼女はその疑問に対する答えを求めて精神鑑定医を志したのです。


けれども、その疑問に対する答えはそう簡単に得られるものではありません。
むしろ、明確な答えはない、というのが答えなのかなと、本作を最後まで読んで感じました。
医療の中でも精神科は非常に難しい分野です。
作中でも触れられているとおり、他の科であれば画像や数値などの検査結果によって診断ができるところ、精神科にはそういう確かなデータは何もなく、あくまで医者が患者と対話することによって判断するしかありません。
それは、時には間違うこともあるかもしれない、ということです。
だからこそ影山は精神鑑定に際して資料を徹底的に読み込み、自分の足で事件や容疑者に関する詳しい情報を集め、何度も患者との面接を重ねるのでしょう。
間違った鑑定をする可能性を少しでもゼロに近づけるために。
そのような影山の姿勢は尊敬に値するものですし、だからこそ彼は精神鑑定の第一人者として信頼されています。
凛も影山の精神鑑定の手法を見て学んだからこそ、最後に彼女にとって人生を左右するような事件の容疑者の鑑定に挑み、見事真相にたどり着くのです。
精神鑑定という難しい仕事に携わる人たちの矜持と覚悟を感じることができた結末でした。


精神疾患患者が異常だと言っているんじゃない。現代の日本において、殺人を犯すという行為、それ自体が『異常』なんだ」という影山のセリフには考えさせられました。
これは確かにそのとおりで、精神疾患患者をどこかに閉じ込めておけば重大犯罪は起こらず世の中は平和になる、というわけでないのは明らかです。
排除や隔離をするべき対象は精神疾患を持つ人たちではなく、彼らに対する偏見であり、治療が必要な人に適切な治療を施すことによって「異常」を社会からなくしていく仕組みを作ることが必要なのでしょう。
精神疾患患者による犯罪について学び、考えることができ、ミステリとしても影山と凛による精神鑑定が事件の謎解きにもなるというアイディアが秀逸で、どんでん返しもあり楽しめました。
☆4つ。