tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『祈りのカルテ』知念実希人

祈りのカルテ (角川文庫)

祈りのカルテ (角川文庫)


諏訪野良太は、純正会医科大学附属病院の研修医。初期臨床研修中で、内科、外科、小児科、産婦人科など、様々な科を回っている。ある夜、睡眠薬を大量にのんだ女性が救急搬送されてきた。その腕には、別れた夫の名前が火傷で刻まれていた。離婚して以来、睡眠薬の過剰摂取を繰り返しているという。しかし良太は、女性の態度に違和感を覚える。彼女はなぜ、毎月5日に退院できるよう入院するのか…。(「彼女が瞳を閉じる理由」)初期の胃がん内視鏡手術を拒否する老人、循環器内科に入院中の我が侭な女優…。驚くほど個性に満ちた患者たちとその心の謎を、新米医師、良太はどう解き明かすのか。ふと気づけば泣いていた。連作医療ミステリ。

現役の医師ならではの着眼点が光るミステリ作品を次々に発表されている知念実希人さんの作品の中でも、特に医療小説色の濃い作品かもしれません。
医療の専門用語も多用されていますが、それでいて抜群の読みやすさ。
重すぎず軽すぎない絶妙なバランスで、誰にでもおすすめできる作品でした。


主人公の諏訪野は研修医。
医者が主人公の小説はどうしても作中に描かれる診療科が内科なら内科、外科なら外科と固定されてしまいますが、研修医が主人公であるという利点を最大限に生かして複数の診療科を描いているのが本作の強みです。
医者と一言に言っても、診療科や専門分野によって業務内容はさまざまだという、考えてみれば当たり前のことに改めて気づかされました。
そして、それだからこそ連作短編集である本作は面白いのです。
主人公は諏訪野で固定。
物語の舞台も、諏訪野が研修している病院以外の場所はほとんど出てこない。
けれども諏訪野が研修でさまざまな診療科を回っている最中だから、診療科によって異なる診察内容や患者の症状が描かれ、1話ごとに新しい情報が飛び出すのが新鮮で飽きることがありません。
そして、諏訪野が診る患者が抱える「謎」がまた魅力的です。
魅力的と言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、重いやけどで入院した患者のやけどが翌日に拡大しているとか、初期の胃がんの簡単で成功率の高い手術を拒否する患者だとか、医療の専門知識がない素人でも「えっ、どうして?」と素直に疑問がわいてくる自然な「謎」設定なのです。


謎が魅力的というよいミステリの第一関門をクリアしたら、次は謎解きの過程や真相解明後のカタルシスが第二関門ですが、こちらに関しても問題なく軽々クリアしています。
諏訪野が患者たちの診療をしながら謎を解いていくわけですが、謎に向き合うことは患者に向き合うこと。
ひとりひとりの患者の様子を丁寧に観察し、話を聞いて、親身になって彼らの抱える問題を解決しようとする諏訪野の姿勢は、まさに患者が求める医師像そのものではないでしょうか。
ボリューム的には小粒の短編集でありながら、作中にはさまざまな病名が登場します。
胃がんのようなメジャーな病名だけではなく、聞いたこともないような病気も登場して、世の中には本当にたくさんの病気があるのだなと思うと、ちょっと怖くなりました。
けれども、その怖さも、一緒に闘ってくれる人がいるなら、少しは軽減されます。
そしてその「一緒に闘ってくれる人」が、諏訪野のような、ひとりひとりの患者に真摯に向き合う医師なのです。
そうして諏訪野に丁寧に診てもらった患者は、満足して、あるいは納得して治療を受けることができるようになります。
謎が解けたというミステリならではのすっきり感に加えて、医療のあるべき姿が描かれ、患者の抱える問題が解決して物語が終わるので、最後までとても気持ちよく読めました。
医療とミステリってこんなに相性がよかったんだなと今さらながら感心してしまったくらいです。


研修医生活が終わりに近づいて、最終的にどの診療科に諏訪野が進むことになるのかも読みどころで、各科の指導医に「君はこの科に向いていない」と言われているところは面白いなと思いました。
患者に親身な諏訪野のことだから評価は高くどの診療科からも引っ張りだこなのかと思いきや、それだけではダメだったりもするのですね。
医師というのは本当に大変で、難しい職業だなと思います。
ですが、諏訪野ならどんな困難も乗り越えて、きっといい医者になれるはず。
そんな明るい希望に満ちた、最高に読後感がよい作品でした。
☆4つ。