tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ムゲンのi』知念実希人


若き女医・識名愛衣は不思議な出会いに導かれ、人智を超える事件と難病に挑む。
眠りから覚めない四人の患者、猟奇的連続殺人、魂の救済〈マグイグミ〉――すべては繫がり、世界は一変する。
予測不可能な超大作ミステリー、2020年の本屋大賞ノミネート作が待望の文庫化!

知念さんの作品を読むといつも思うことは、「いろいろ盛り込みすぎでは……?」ということです。
本作も例外ではなく、ミステリ、ファンタジー、医療、ヒューマンドラマとてんこ盛り。
普通ここまで盛り込むとどこかで無理が生じてぐちゃぐちゃになったり、広げた風呂敷をうまく畳めず広げっぱなしになったりしがちですが、知念さんの作品はそういうことがないので毎回感心しています。
どの要素もお互いを邪魔し合うことなくうまく融合して、きれいな結末を見せてくれる。
本作でもその見事な手腕を存分に堪能しました。


主人公の愛衣は神経精神研究所附属病院に勤める神経内科医です。
彼女は「特発性嗜眠症候群」、通称イレスという、普通に睡眠に入った人がそのまま目覚めなくなるという世界的にも稀な病気の患者を3人も担当していました。
どうにかしてイレス患者を救いたいと思った愛衣はある日実家に帰り、沖縄出身の祖母から「マブイグミ」という不思議な術のことを教わります。
3人のイレス患者に対しひとりずつマブイグミを行って、眠り続ける彼らの意識の中へと入り込み、患者たちが抱える問題を解決するべく奮闘する愛衣の冒険が描かれます。
作中で「夢幻」と呼ばれる、イレス患者の意識の中の世界が、非常に魅力的で心を惹かれました。
幻想的で、美しくて、不気味で、危険で。
イレス患者たちはみな過去のできごとにより心に傷を負っていますが、その精神状態や記憶を反映した世界が「夢幻」です。
現実にはあり得ない、突拍子もないことが起こる世界で、愛衣はウサギの耳を持つネコの姿をした不思議な生き物ククルを相棒に冒険し、そこで起こる出来事や光景を手がかりに患者たちがイレスを発症するに至った原因を探っていきます。
ジブリ映画的なファンタジーの世界観でありながら、愛衣がやっていることは医師が患者の治療方法を探る過程そのものですし、ミステリで名探偵が事件の真相を探る過程にも重なりました。
複数の要素を盛り込んでも物語の軸がぶれたり混乱したりしないのは、医療ミステリという柱がしっかりあって、そこから離れすぎないよう配慮されているからだということがわかります。


イレス患者たちは、その心の傷の原因となった問題を愛衣が夢幻の世界で解決することで昏睡状態から脱することになるのですが、実は愛衣自身も子どもの頃に遭遇した事件がもとで、ずっとPTSDに苦しんでいます。
愛衣は医者であると同時に患者でもあるのです。
しかも、愛衣の心の傷も、イレス患者の発生に関連しているということが、少しずつ明らかになっていきます。
物語のかなり早い段階から、ちょくちょく違和感を感じる描写や記述があり、これはどういうことなんだろう?と考えながら読んでいたのですが、愛衣に関する真実が明らかになった時には、なるほど!と膝を打ちたくなりました。
ミステリの楽しみの中でも、意外な真相に驚くという騙される喜びではなく、バラバラだったパズルのピースがあるべき場所にぴったり収まった爽快感。
自分が見ている絵が鮮明になり、奥行きが増したような感覚です。
そして、愛衣は勇気を振り絞って自らの心の傷の原因に立ち向かい、ついにはそれに打ち勝つのですが、戦ったのは彼女ひとりであっても、勝利をもたらしたのは彼女ひとりの力ではありませんでした。
『ムゲンのi』というタイトルに込められた意味がじわじわと心に沁みこんで、気持ちのよい結末を迎えます。
「ひとりじゃない」という愛衣が到達した真実に、読者としても心強さを感じました。


怖い部分も惨たらしい場面もありますし、切なく悲しい話でもあるのですが、同時に爽快で心があたたかいもので満ちる物語でもあります。
愛衣の成長ぶりも好ましく、抜群に気持ちのいい読後感でした。
知念さんの作品はいつも気分よく読み終われるので、安心して読めますね。
☆4つ。