tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『蒼色の大地』薬丸岳


薬丸岳の新境地。 壮大なスケールで贈るエンタメ巨編! 〈螺旋プロジェクト〉明治編。 時は明治。幼なじみであった新太郎、灯、鈴の三人はそれぞれの道を歩んでいた。新太郎は呉鎮守府の軍人に、灯は瀬戸内海を根城にする海賊に、そして鈴は灯を探し、謎の孤島「鬼仙島」に辿り着く。交わることのない運命に翻弄され、三人はやがてこの国を揺るがす争いに巻き込まれていく。
友情、恋慕、嫉妬、裏切り――戦争が生む狂気の渦の中で、三人の運命が交錯する。

伊坂幸太郎さんの呼びかけで始まった「螺旋プロジェクト」。
8人の作家が共通のモチーフや設定を使って異なる時代の日本を舞台にした小説を書くというプロジェクトで、私はこれまでに伊坂さんの『シーソーモンスター』、朝井リョウさんの『死にがいを求めて生きているの』の2作を読みました。
どちらもとても面白かったので、もう1作、と選んだのが本作『蒼色の大地』です。
選んだ理由は何といっても、少年犯罪などの社会問題を扱う作品が多い薬丸さんのエンタメ作を読んでみたかったからに他なりません。
上記の紹介文にもあるように、まさに「新境地」としか言いようのない、新鮮みあふれる作品でした。


本作の舞台は明治時代。
開国、維新、そして欧米列強と肩を並べる軍事国へと変貌していく日本において、蒼い目を持つ「海族」と大きな耳を持つ「山族」は互いに憎み合い、対立していました。
海族の灯 (あかし) は山族の人々が住む村で虐げられる子ども時代を送った後、瀬戸内海に浮かぶ孤島「鬼仙島」へ渡り海賊の仲間になろうとします。
一方、灯の幼なじみの鈴は子どもの頃灯に命を救われたことを忘れておらず、彼に感謝を伝えるため、同じく鬼仙島へ渡るのでした。
海族と山族の対立、というのが「螺旋プロジェクト」の肝となる設定です。
『シーソーモンスター』にも『死にがいを求めて生きているの』にももちろんその対立が描かれていたのですが、どちらも戦後の話であるためか対立といってもそこまで激しいものではなく、どこか平和的な印象もありました。
ところが本作では、これが一族ではなく国のレベルであればとっくに戦争になっているというぐらいの激烈な対立関係が描かれています。
海族の灯と山族の鈴が、お互いに惹かれ合いながら一族の対立のために共に生きていくことを許されないという設定は『ロミオとジュリエット』を彷彿とさせ、なんとももどかしく切ない関係が胸に迫りました。
鬼仙島でようやく再会しても、互いの想いを素直に伝えあうことはかなわないふたり。
鈴の兄・新太郎が所属する海軍と海賊との戦いが迫り、一体彼らの運命はどうなってしまうのだろうと、ハラハラする展開が続きました。


そしてこの歯がゆい恋物語は、やがてやるせない結末を迎えます。
本作に描かれている戦いは国家間の戦争とは異なりますが、それでも同じ人間同士で憎しみ合い命を奪い合っているという点では戦争と同じです。
海族と山族という違いはあっても同じ日本人同士で戦っているところは、国家間の戦争よりもなお悲惨かもしれません。
そんな中で「争いのない世界」を願う鈴の祈りが胸を打ち、同時になんとも言えないやるせなさが漂います。
この先日本は1945年に太平洋戦争に敗れるまで、争いへの道を突き進んでいくことを読者は知っているからです。
鈴が願う世界はまだ当分は来ない、それがわかっているからこそ、結末のやるせなさ、無力感がずしりと重く胸にのしかかるようでした。
それに対して『シーソーモンスター』や『死にがいを求めて生きているの』は戦争が終わった後の日本が舞台で、平和になってよかったという思いもあるものの、それでも対立は存在し続け、「争いのない世界」が実現したとは言い切れないことに、さらなるやるせなさを感じずにはいられません。
一見平和でも対立や争いが繰り返され、歴史が巡り巡っていく。
そのさまこそがまさに「螺旋」なのだなとプロジェクトのテーマがようやく納得感をもって心にすとんと落ちてきました。


どうしてももっと違う結末もあり得たはずではないかという思いが拭えませんが、一方でこの物語にはこの結末しかなかったのだろうと思えるところもあり、とても複雑な気分の読後感を味わいました。
対立し争わずにはいられない人間の業と、それでも惹かれ合う若い男女の純粋さとの対比が印象的な作品でした。
☆4つ。




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