tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『カケラ』湊かなえ


美容外科医の橘久乃は幼馴染みの志保から「痩せたい」という相談を受ける。カウンセリング中に出てきたのは、太っていた同級生・横網八重子の思い出と、その娘の有羽が自殺したという情報だった。少女の死をめぐり、食い違う人びとの証言と、見え隠れする自己正当化の声。有羽を追いつめたものは果たしていったい――。周囲の目と自意識によって作られる評価の恐ろしさを描くミステリー長編。

イヤミス、とまではいかないかもしれませんが、人間の嫌な部分を書かせたらやっぱり湊さんはうまいなとうならずにはいられない作品です。
今回のテーマはルッキズム
人の「見た目」に関わる問題は非常に繊細で根が深くて、人間の嫌な部分に直結していることを改めて思い出させてくれます。


主人公は美容外科医の橘久乃という女性ですが、彼女自身は語り手ではない、というところがまず面白いです。
久乃は自分の患者でもあり同級生の娘でもあった高校生の少女・有羽 (ゆう) の自殺について、地元の友人や同級生、有羽の学校の教員など、さまざまな関係者に話を聞いて回ります。
彼らが久乃に向かって話す内容そのものが地の文となっており、主人公である久乃に関しての情報は、語り手となる関係者たちの言葉からしか得られず、読者はその限られた情報をもとに久乃の容姿や人となりを想像することになります。
そうなると久乃との関係性によって、久乃のことを良く言う人、悪く言う人、初対面なので久乃のことを探るような話し方をする人などさまざまで、それがかえって久乃という人物を立体的に浮かび上がらせるのが興味深く感じました。
これは有羽に関する情報も同じで、有羽の人物像についても、彼女が亡くなった真相についても、まあ人によって言うことの違うこと違うこと。
みな自分の立場からしか物事を見ないし、自分に都合のいいことしか言わないので、はてさてどれが一体真実なのか……と読者は頭を悩ませながら読むことになります。
人間とはなんて自分勝手で視野の狭い生き物なのだろうとため息が出ますが、自分自身にもそういう面があることは否めない。
結局のところ、全部「個人の意見」でしかなくて、うわさ話やネット上の書き込みなども鵜呑みにせず多面的な見方をすることが必要なのだと改めて認識させられます。


そして、本作最大のテーマであるルッキズムについて。
久乃はどうやら相当な美人のようです。
ミス・ワールドビューティー代表で、現在もテレビ番組にコメンテーターとして出演する有名人でもあります。
このプロフィールだけで反感を抱く人もいるでしょう。
でもそれこそがルッキズムに囚われている証だとも言えます。
作中にも久乃のことを嫌っている人は複数登場し、久乃のことを悪しざまに言う人もいますが、別に久乃は外見だけがいいわけではありません。
地方の公立高校から猛勉強して東京の大学の医学部に進学したように、なかなかの努力家でもあるのです。
自分の容姿に悩む必要のない久乃が美容外科医として、人々の容姿にまつわる悩みを聞いているのはなんだか皮肉な感じもしますが、個人的にはこれまで美容外科に対して抱いていた印象が、本書を読んで少し変わったような気がしました。
いくら「人を外見で判断してはいけない」といっても、人間は見た目を気にする生き物。
特に子どもの頃は残酷なもので、作中に描かれているように太っている子がいじめに近いレベルでからかわれるということはよくあることでしょう。
だからこそ容姿は時に人のメンタルヘルスに影響するような、大きな悩みの種になる。
そうした問題を解決する場所のひとつが美容外科なのです。
美容整形というと賛否両論ですが、心の健康を害するような悩みを解消するための治療なのだと考えれば、前向きに捉えることができます。
そういう意味で美容外科も紛れもない「医療」なのだなと、目が開かれる思いでした。


地方ならではの狭い人間関係の中での会話から、少しずつ有羽の自殺の真相が明らかになっていく過程は非常にミステリ的でした。
けれどもやはり本作の読みどころはルッキズムにまつわる人間の嫌らしさ、残酷さです。
イヤミスというほどではなくても読後感はあまりいいとは言えませんが、その一方で美容外科を少しポジティブに捉え直すことができました。
☆4つ。