tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『死にがいを求めて生きているの』朝井リョウ


植物状態のまま病院で眠る智也と、献身的に見守る雄介。
二人の間に横たわる〝歪な真実〟とは?
毎日の繰り返しに倦んだ看護師、クラスで浮かないよう立ち回る転校生、注目を浴びようともがく大学生、時代に取り残された中年ディレクター。
交わるはずのない点と点が、智也と雄介をなぞる線になるとき、目隠しをされた〝平成〟という時代の闇が露わになる。
今を生きる人すべてが向き合わざるを得ない、自滅と祈りの物語。

伊坂幸太郎さんの呼びかけで始まったという、8人の作家が同じ設定をもとに別の時代を描く競作企画、「螺旋」プロジェクト。
伊坂さんの『シーソーモンスター』を読んで、「海族」と「山族」の対立という設定がなかなか面白いのでもう1作読んでみようと思い手に取ったのが朝井リョウさんの『死にがいを求めて生きているの』でした。
本作の舞台は平成時代ということで、自分がよく知っている時代であるだけにわかりやすいだろう、さて「海族」と「山族」はどうなっているのかなというぐらいの軽い気持ちで読み始めたのですが、これがもうものすごく心を揺さぶられてしまいました。


朝井さんは自意識が強く「何者か」になりたい若者を描くと本当にうまいですね。
本作では堀北雄介という人物がそれにあたります。
ですが、雄介は主人公格であり常に物語の中心にいながら一度も語り手や視点人物にはならず、雄介の周りにいる複数の人物の視点から描くことで彼の人となりが浮かび上がるようになっています。
はっきり言って雄介はかなり「痛い人」です。
小学校、中学校ではリーダー的存在で成績もよく、運動会の組体操や棒倒しといった危険な競技の廃止、成績上位者の発表の廃止といった学校内の変化に対して反発する、女の子からも人気がありそうなタイプですが、高校、大学と進学していくうちに、その言動はどこかピントのずれたものになっていきます。
特に北海道大学に進学した雄介が取り組む「北大ジンパ復活運動」、そしてその運動が終了した後の自治寮の存続運動のエピソードがなかなかに強烈でした。
ジンギスカンパーティーをやったこともないのに復活運動に取り組み、もともと寮生たちがやっていた自治寮の存続運動には興味がなかったくせに突然飛び入りしてまるでリーダーのような顔をしたり。
彼がそうした運動に取り組むのは、本当にジンパを復活させたいからでも、自治寮を存続させたいからでもなく、「学生の自由を奪う大人たちに対抗し戦う人」という自分像が欲しいからなのです。
そのため、本当に問題意識や関心を持ってさまざまな問題に取り組んでいる人から見ると、雄介は薄っぺらい人物としか見えません。


そんな雄介が最終的にハマるのが「海族」と「山族」の対立が世界のあらゆる対立のもとになっているとする「海山伝説」です。
最初は書籍から、その後SNSを通じて広まった海山伝説はもはや荒唐無稽な陰謀論と化していて、伝説の発祥の地とされる無人島へ渡って世界平和を実現する戦士になろうとする雄介はもはや「痛い人」を通り越して「危ない人」になってしまいます。
そんな雄介を止めようとするのが、彼の幼なじみである智也です。
智也による雄介の心理分析には納得できるところが多く、最初は「なるほど!」と膝を打っていたのですが、読み進めるうちだんだん怖くなってきました。
運動会から危険な競技が排除され、成績優秀者の発表が廃止されるなど、教育において競争を否定し対立をなくそうとしたのが平成という時代の特徴ですが、雄介はそのような時代の変化についていけなかった。
ナンバーワンよりオンリーワン」という時代にあって、「オンリーワン」になりきれなかった雄介のような人たちはどうしたかというと、対立を煽ったりわざわざ作りだしたりしたのです。
何かと戦う自分という像を作り上げることによって、自分の存在価値を示そうとする、それが雄介だったのです。
陰謀論は今もネット上にたくさんあふれていますが、ネタとして消費するにも荒唐無稽すぎて、どうしてこんなものを真剣に信じてしまう人がいるのか、不思議に思ってきました。
ですが、たとえ論理がめちゃくちゃでも、現実離れしていても、ある論を自分の存在価値を確認する手段として必要とする人がいる。
また、外国人や障害者、LGBTQなどに対する差別やヘイトスピーチ、さらにはヘイトクライムが目立つようになったのも平成という時代でした。
それらも、加害者がなぜそんなことをするのかという疑問に対し、雄介と似たような心理があったのではないかという推測が成り立つことに気づいて背筋が寒くなりました。
自分には当てはまらない属性を持った人たちを「生産性がない」などと下げることによって、自身の優位性を確保し、自身の存在価値を高めようとする。
そんな心理が働いていたのではないかと。
もちろんそれが正解だと言い切れはしませんが、まったく的外れの分析でもないと感じたのです。


いやはや、「海族と山族の対立」という架空の話をファンタジーとして楽しむつもりが、こんなに鋭い時代分析を読むことになるとは思いませんでした。
『何者』を読んだときにも思ったことですが、朝井リョウさんは冷静に自分が生きている時代と、同世代を見つめている人ですね。
私は平成生まれではないとはいえ、平成時代に成長期を過ごした人間です。
それでもこんなに的確に、客観的に平成時代を分析することなどできません。
朝井さん、なんてすごい人なんだ!と、新年早々圧倒されました。
☆5つ。




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