tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『東亰異聞』小野不由美

東亰異聞 (新潮文庫)

東亰異聞 (新潮文庫)


帝都・東亰、その誕生から二十九年。
夜が人のものであった時代は終わった。
人を突き落とし全身火だるまで姿を消す火炎魔人。
夜道で辻斬りの所業をはたらく闇御前。
さらには人魂売りやら首遣いだの魑魅魍魎が跋扈する街・東亰。
新聞記者の平河は、その奇怪な事件を追ううちに、鷹司公爵家のお家騒動に行き当たる…。
人の心に巣くう闇を妖しく濃密に描いて、官能美漂わせる伝奇ミステリ。

参加しているミステリのMLでたくさんの人にオススメしていただいた小野不由美さんの『東亰異聞(とうけいいぶん)』。
小野不由美さんはホラーのイメージがあって、ホラーが苦手な私は今までちょっと手が出しづらかったのですが、小野作品は怖いだけじゃない!という意見に励まされ、読んでみることにしました。


舞台は明治時代の日本のパラレルワールド。
首都・東亰では、鋭い爪で人を切り裂く闇御前や、人間を火達磨にして高いところから突き落とす火炎魔人といった、怪しげなものによる事件が相次いでいた。
新聞記者の平河新太郎は、友人の万造とともにこの事件について調べるうち、これらの出来事はある名家のお家騒動と関わりがあるのではないかと疑い始める。
さて、この怪事件は、本当に魑魅魍魎どもの仕業なのか、それとも…。


確かにホラーっぽい趣もないではないです。
しかしこれは…本格ミステリですね!
妖怪変化の仕業と見せかけて、やっぱり人間の仕業なのか、いや、しかし…と二転三転する謎は一流のフーダニット(誰がやったのか?)と言っていいのではないでしょうか。
最後に、事件の関係者全員が集まる席で万造によって全ての謎が解き明かされるシーンは、まさにミステリのお約束シーンそのもの。
正直、これほどまでにミステリ色の強い話だとは思っていなかったので驚かされ、また同時に物語の続きが気になってしょうがありませんでした。
最後にはあっと驚く大どんでん返しも待っています。
ミステリとしても面白いですが、怪奇小説的な要素も加わってこそ、この作品はより魅力あるものとなっています。
これが小野作品の魅力なのでしょう。


そして、この物語全編を通して漂う妖艶な、独特の雰囲気。
それはラストの謎解きシーンで最高潮に達します。
私はこれほどまでに印象的な謎解きシーンを見たことがありません。
桜の花びらが降りしきる中、解き明かされていく怪。
美しく、怪しく、妖しく、切なく。
桜の妖艶な美しさが、この物語の全てを象徴していると感じました。
忘れられない場面になりそうです。


また、時代背景もこの作品の雰囲気作りに一役買っています。
舞台はパラレルワールドではありますが、そこに流れている時間は実際の明治時代の日本と同じです。
今まで深く考えてみたことはなかったのですが、明治時代は日本の長い歴史の中でももっとも激しく物事が変化した時代だったのではないでしょうか。
鎖国が解かれて欧米の文化が流入し、政権は天皇に返され、新しい社会の仕組みや思想や組織が生まれました。
激動の時代の中で、人々の不安やとまどいはいかほどのものだったでしょうか。
瓦斯灯の光で、目に見える闇は確かに少なくなりました。
しかし、その一方で、人間の内部の闇は逆に大きくなっていったのでしょう。
その闇がやがて時代をも暗黒に導き、多大な被害を出すことになった世界戦争へと結びついていったのかもしれません。
人間の闇が膨れ上がる時代だからこそ、魑魅魍魎も存在しうるのです。
そういう意味では、非常に怖い話でもあります。


京極夏彦さんの作品にも共通するところがあると思いますが、ミステリとしての上手さも、妖艶で少し切ない雰囲気作りも超一流。
小野不由美さんが創り出すこの独特の世界の魅力にとらわれたら、容易には離れられない、そんな気がしました。