tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『シーソーモンスター』伊坂幸太郎


バブルに沸く昭和後期。一見、平凡な家庭の北山家では、元情報員の妻宮子が姑セツと熾烈な争いを繰り広げていた。(「シーソーモンスター」)
アナログに回帰した近未来。配達人の水戸は、一通の手紙をきっかけに、ある事件に巻き込まれ、因縁の相手檜山に追われる。(「スピンモンスター」)
時空を超えて繋がる二つの物語。「運命」は、変えることができるのか――。

この作品、8人の作家が同じ設定・世界観で時代の異なる物語を描く「螺旋」プロジェクトという企画で書かれたものなのですね。
まったく知らずに伊坂さんだからということで作家買いしたわけですが、なかなか面白い設定が盛り込まれていて、他の作家さんの作品も気になってきました。
朝井リョウさん、澤田瞳子さん、薬丸岳さん、乾ルカさんなど、実力派の作家さんが参加されています。
8作品全部読むのは大変そうですが、何かもう1作くらい読んでみてもいいかなという気になりました。


さて、この伊坂さんの作品は、「シーソーモンスター」と「スピンモンスター」という2つの中編で構成されています。
「シーソーモンスター」の舞台は昭和後期、バブル崩壊直前の日本。
本作の前に読んでいたのが貫井徳郎さんの『罪と祈り』でこれも同じく昭和末期が舞台でしたので、はからずも予習をしたような状態で本作を読むことになりました。
バブル崩壊前で景気はいいものの、昭和天皇の容体悪化に伴う自粛ムードが影を落としていた日本、その時代に描かれるのは、「嫁姑問題」というなんともありふれたテーマで虚を突かれましたが、伊坂さんが書くとそんな平凡な題材も平凡ではなくなります。
北山家の嫁・宮子は、結婚して引退するまで情報員として秘密任務にあたっていたという経歴の持ち主で、暗号を駆使したり格闘の心得があったりと、ただの主婦ではありません。
普通ではない女性が結婚によって姑との関係という普通の問題に悩まされる構図が面白いのですが、さらにこれまた普通ではない事件に巻き込まれていくことになります。
しかも、その事件によって宮子は姑に関するある驚きの事実を知ることになりますが、それによって嫁姑関係にもたらされる変化が、もうひとつの物語「スピンモンスター」につながっていくという展開が非常に愉快で楽しい気分になりました。


「シーソーモンスター」が過去の時代の話であるのに対して、「スピンモンスター」は近未来の話です。
伊坂さんが描く近未来はあまり荒唐無稽なところはなく、非常に現実主義的で、実際に「こうなりそう」と思えるような世界です。
こちらの物語の主人公は水戸直正という青年ですが、彼の職業は手書きのメッセージを人力で運ぶ配達人。
デジタル化が進んだ結果、デジタルのデメリットも目立つようになり、アナログに回帰する部分も逆に増えてきているというのが伊坂さんが描く未来ですが、これが非常に説得力があって、実際に何十年後かの日本がこの作品に描かれているような社会になっていてもまったく驚かないでしょう。
そのくらいリアリティのある世界なので、物語に違和感なくすんなり入り込めました。
水戸は子どもの頃に交通事故に遭ったことがあり、それがトラウマになっているのですが、その事故に関する因縁の相手・檜山に新幹線の車内で偶然再会するところから物語が始まり、やがて国家を相手にするような大きな事件に巻き込まれていきます。
「シーソーモンスター」の宮子も登場するのですが、普通ではないスーパーおばあちゃんになっているところがさすが宮子といったところで痛快です。
終盤はなかなか衝撃的な展開で、息もつかせぬ緊迫の場面の連続はどこか『ゴールデンスランバー』を彷彿とし、伊坂作品の中では一番好きな作品が『ゴールデンスランバー』であるだけに興奮ものでした。


「海族」と「山族」という対立する一族の関係が「螺旋」プロジェクトの中心に据えられたテーマなのですが、「対立」というキーワードから嫁姑関係というごく身近な対立関係を描いたと思ったら、それが国家間の対立や国と個人との対立というスケールの大きな関係に発展していくのがなんとも伊坂さんらしいです。
SFプラス冒険小説という感じで、身近さも感じられれば壮大さもあるという不思議な規模感を持ったエンターテインメントでした。
疾走感のあるスピーディーな展開が気持ちよく痛快で、非常に楽しい読書になりました。
☆4つ。