tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ライオンのおやつ』小川糸


人生の最後に食べたいおやつは何ですか――
若くして余命を告げられた主人公の雫は、瀬戸内の島のホスピスで残りの日々を過ごすことを決め、穏やかな景色のなか、本当にしたかったことを考える。
ホスピスでは、毎週日曜日、入居者がリクエストできる「おやつの時間」があるのだが、雫はなかなか選べずにいた。
――食べて、生きて、この世から旅立つ。
すべての人にいつか訪れることをあたたかく描き出す、今が愛おしくなる物語。
2020年本屋大賞第2位。

『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』の小川糸さんの作品です。
今回は題材が題材なのでちょっと身構えてしまいました。
ホスピスが舞台で、主人公はそのホスピスに入居した30代の女性ですからね。
これはつらい読書になるに違いないと。
ですが、予想に反して物語に暗いトーンはほとんどなく、明るい雰囲気で話が進んだので安心して読めました。


瀬戸内海に浮かぶレモン島にあるホスピス「ライオンの家」。
30代の女性・海野雫はステージIVのがんと診断され、余命宣告を受けて、「ライオンの家」に入居することになります。
このホスピスには「おやつの時間」があり、入居者は自分の思い出のおやつをリクエストすることができるのですが、登場するおやつがどれもこれもおいしそう。
おやつだけではなく、朝食に出されるお粥もおいしそうだし、読んでいてすっかりお腹が減ってしまいました。
けれども、本作における食事はおやつも含めて、健康に日々を暮らして食べたいものを食べたいだけ食べられる (体重が気になるのは別として) 私のそれとは意味合いがまったく違います。
体調や病状によっては食べられないものもあるでしょうし、そもそも食欲がない、食べたくても食べられないという人が少なくない場所、そこがホスピスなのです。
日々おいしく食事ができるということがどんなに幸せで尊いことか、思い知らされます。
だからこそ、「ライオンの家」ではおいしいもの、思い出のおやつを入居者に食べてもらうことを重視しているのでしょう。
食べることは、生きることそのものだから。
食べることで生きるために必要な栄養を摂取することはもちろん、「食べたいから生きよう」という精神的な支えにもなる、それが食べるということなのだという実感が、切実さをもって胸に迫ってきます。


「ライオンの家」にやってきた当初の雫はまだそれなりに元気で、おいしいものを食べ、他のホスピス入居者やスタッフたちと交流し、島の青年とデートしたりもして、非常に充実した日々を送っています。
それがだんだん弱っていって動くことも、食べることもままならなくなっていく過程を読むのは、さすがにつらいものがありました。
けれども、物語自体は最後まで決して暗い雰囲気にはなりません。
それは、雫が自分の運命を受け入れ、精神的に落ち着いているからです。
もちろんそこに至るまでには雫にも苦しみもがいた日々がありました。
30代という若さで余命宣告を受ければ、それは平静ではいられないでしょう。
いや、何歳であってもきっと死ぬのは怖いし、突然の余命宣告は受け入れがたいはずです。
だからこそ雫の落ち着いた様子と、周りの人たちの雫への接し方を読みながら、自分が余命わずかとわかったら、あるいは自分の近くにいる人が余命わずかとなったらどうするかと、自分のこととして考えてみずにはいられません。
最後の日々を、どこで、誰と、どんなふうに生きるか。
それはすべての人に突き付けられている問いなのです。


それにしても「ライオンの家」は魅力的で理想的なホスピスだと、もはや感動に近いような思いを抱きました。
自分も最後の日々を過ごす場所はこんなところだったらいいのにと思わずにはいられません。
おいしいものが食べられて、素敵なスタッフやボランティアの助けがあって、個性的な入居者たちがいて、ついでにかわいい犬までいるんですよ。
あくまでも理想を描いた「物語」に過ぎないかもしれないけれど、理想の最後の場所を追求するのもまた、「生きる」ということの一部なのではないかな、などと考えました。
☆4つ。