tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『さよならの儀式』宮部みゆき


親子の救済、老人の覚醒、30年前の自分との出会い、仲良しロボットとの別れ、無差別殺傷事件の真相、別の人生の模索……淡く美しい希望が灯る。宮部みゆきがおくる少し不思議なSF作品集。

宮部みゆきさんのSF短編集なんて珍しいな、と思いましたが、よく考えれば宮部さんの初期作品にはSFの名作がたくさんあったのでした。
『龍は眠る』『鳩笛草』『クロスファイア』『蒲生邸事件』――どれも夢中になって読んだものです。
久しぶりに宮部さんのSFが読めるのはうれしい限りでしたが、初期作品に目立った超能力ものは今回の収録作にはなく、宮部さんの作品としては異色の物語が多い印象を受けました。
収録作品8作それぞれ、同じSFとはいえテーマや素材はバラバラで、いずれも個性的な物語でしたので、ひとつずつ紹介したいと思います。


「母の法律」
「マザー法」という法律に基づき被虐待児を救済するための養父母制度が導入された近未来の日本が舞台の話です。
この制度により理想的な養父母を得て幸せに暮らしてきた少女・二葉が、ある女性との出会いをきっかけに実の母親について知り、会いに行くことになります。
「マザー法」という法律もそれに基づく養父母制度も、細かいところまでよく考えられていて、なかなかいい制度ではないかと思って読んでいたのですが、ラストの不穏さと痛ましさがなんとも切なく、「理想の母」とは、「理想の子ども」とは……とあれこれ考えずにはいられませんでした。


「戦闘員」
80歳を過ぎた藤川達三が日課の散歩中に気づいた、怪しい防犯カメラ。
その防犯カメラは実は、「侵略者」が人類を観察し、攻撃しようとしている――というちょっと怖いお話です。
正体がよくわからない「侵略者」の不気味さが際立ちますが、その「侵略者」に抵抗し戦おうと立ち上がるのが、独居老人と近所に住む小学生というのがなかなか痛快で楽しくなりました。
宮部さんはかっこいいおじいさんや少年を描くのが非常にうまい作家さんですが、本作もさすがと思わされる出来でした。


「わたしとワタシ」
40代独身会社員の女性がある日、タイムスリップしてきた高校生の自分に遭遇します。
女子高生の自分が未来の自分に対して否定的で辛辣なのが笑えますが、私ももし高校生の頃の私と出会ったらこんなふうに言われそうだなと身につまされる思いがしました。
未来の日本に興味津々だったり、理想通りになっていない未来の自分が受け入れられなかったりという高校生の幼さと、そういう過去の自分を冷静に、少し突き放して見る40代の主人公の成熟ぶりの対比が印象的でした。


「さよならの儀式」
表題作は、これも近未来の日本でしょうか、個人でも汎用ロボットを所有し使用することが当たり前になった社会で、ロボットの廃棄施設を舞台にした物語です。
ロボットが日常生活を共にする存在になると、そのロボットに必要以上に感情移入する人間が出てくるというのは理解できます。
そんな中で、ロボット以上に誰にも顧みられないロボット技術者の悲哀がなんともいえず切ない。
そして、人間よりもAIやロボットなどの人工物の方が大事にされる場面は、すでに今この世界に存在しているのかもしれないと思って背筋がひやりとしました。


「星に願いを」
宇宙人が人間を乗っ取るという怖いお話――と思いきや、ラストのオチは……どう解釈したらいいのでしょうね。
あまりスッキリしない結末でしたが、主人公の女子高生の健気さだとか、女子高生の担任の先生の無神経さだとか、登場人物の人となりの方が強く印象に残りました。
主人公の父親がこれまたフラフラした無責任な人物でイラっとしますが、主人公のまともさに救われます。


「聖痕」
とある調査事務所にやってきた男が、12年前に起きた事件の犯人「少年A」の父親だと名乗り、最近起きた車両衝突事故と、その現場で元「少年A」が見たという<黒き救世主>についての調査を依頼します。
カルト宗教っぽい話ですが、現実のカルト宗教とはちょっと違うような印象もあります。
この話はミステリでもあり、終盤に明らかにされる事実には驚かされました。
そしてその事実こそが、なんとも言えない不気味な読後感を生んでいてぞっとしました。


「海神の裔」
19世紀末にフランケンシュタイン博士が生み出した、死体から新たな生命「屍者」を生み出す技術がヨーロッパで広まり、労働現場や戦場などで屍者が使われるようになったというパラレルワールドが描かれます。
日本のとある村に流れ着いた屍者について、その村の人間が語った話を記録した文書という体裁を取っているのが新鮮です。
屍者はいわゆるゾンビに近いかと思いますが、人間の役に立つロボットのようでもあり、人間との心の交流までもがあるというのが、不気味で恐ろしげな中に心和むようなところもあるという、不思議な読み心地でした。


「保安官の明日」
とある町の保安官の仕事ぶりを描く物語です。
舞台が日本ではなく、アメリカをイメージさせる外国であるという設定が新鮮ですが、物語の方は保安官の仕事の詳細も、町の人々が何をしているのかも謎だらけ。
少しずつその謎が解けていくのはこれまたミステリの手法がうまく使われています。
舞台は全然違っていても、SFのジャンルとしては「海神の裔」に近いというのが興味深いところでした。


個人的ベストは「戦闘員」でしょうか。
主人公の80代のおじいさんが「戦闘員」として覚醒していくというのがなんとも小気味よく感じました。
ちょっと結末がすっきりしないというか、どう解釈したらいいのか迷うものが何作かあって戸惑いましたが、そこも含めてSFなんでしょうね。
不思議で、不気味で、不安定で、でもしっかり宮部ワールドでもある、異色の短編集でした。
☆4つ。