tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『Blue』葉真中顕


平成15年に発生した一家殺人事件。最有力容疑者である次女は薬物の過剰摂取のため浴室で死亡。事件は迷宮入りした。時は流れ、平成31年4月、桜ヶ丘署の奥貫綾乃は「多摩ニュータウン男女二人殺害事件」の捜査に加わることに。二つの事件にはつながりが……!? 平成という時代を描きながら、さまざまな社会問題にも斬り込んだ、社会派ミステリーの傑作!

葉真中さんが書くミステリはいつもズシリと重く胸にのしかかります。
子どもへの虐待、貧困、外国人技能実習制度など、さまざまな社会問題を扱った本作の重さは別格で胸が押しつぶされそうになりますが、同時に平成の時代に流行ったものや話題になった出来事などを振り返って懐かしい気持ちにもなり、なんとも不思議な読み心地を味わいました。


さまざまな登場人物の視点から語られる本作ですが、基本的には前半は藤崎文吾という刑事、後半はこれまた刑事である奥貫綾乃が中心人物となって物語が展開します。
東京の青梅市で幼い子どもを含む一家が惨殺された事件を追う藤崎は、事件の犯人と目された一家の次女に関する重要な情報を入手し、真相に迫っていきますが、事件の関係者の中に政権中枢に近い政治家の縁者がいたため忖度が働いて捜査は打ち切りとなり、それを機に警察を去ります。
その後、今度は入居者が減った多摩ニュータウンで男女が殺害されるという事件が起こり、奥貫が刑事となった藤崎の娘・司とコンビを組んで捜査に当たることになります。
この2つの事件、両方に関わっていると疑われるのが、「ブルー」と呼ばれる少年・青でした。
物語が進むにつれて少しずつ明らかになっていくのは、戸籍を持たず、学校に行くこともなく、親からの暴力にさらされるというこの少年の過酷な生い立ちです。
ブルーが置かれた境遇は壮絶で悲惨なもので、読んでいて同情心がわかずにはいられないというか、どうにかして救ってあげられないのかという気持ちがどんどん強くなっていきます。
もちろんブルーの境遇に関して一番責任が重いのはブルーの親でしょう。
ですが、親を責めれば解決するような問題なのかというと、そうではないのは明らかです。
親自身も育った家庭に問題があるなど同情すべきところはあり、すべてを親の責任にはできません。
社会における「普通」の枠から外れてしまった人たちに必要な援助が届かず、それによって親から子にまで悪い影響が及んで抜け出せないという負の連鎖に、暗澹たる気持ちになります。


子どもの無戸籍、親による虐待、そして貧困というのは、平成の時代において特に頻繁にメディアでも取り上げられた社会問題です。
ですが本作ではそれだけではなく、これもまた平成の時代に出来した社会問題のひとつ、外国人技能実習制度の問題点についても描かれます。
母国のブローカーの甘言に騙されて、多額の借金を背負って来日し、低賃金で転職もできないという不利な条件で働く外国人たちの存在は、ある意味平成という時代を象徴するものでした。
それがふたつの殺人事件とどう関わるのか、不思議に思いながら読み進めるうち、あるベトナム人技能実習生が意外な形でブルーに結びつくのですが、この展開には非常に複雑な気持ちになりました。
その技能実習生はブルーに出会うことで劣悪な環境から抜け出し、確実に救われるのですが、本来はこんな形ではなくもっと違う形で、具体的にいうと社会福祉によって救われるべきではなかったか、という思いがぬぐえないからです。
そして、ハッと気づくのです。
本作に登場する人物たちは、ある意味では最悪な状態からは抜け出して救われるのだけれど、描かれている問題は実際のところ何ひとつ解決はしていない、と。
長い不況に苦しみ、経済大国としての地位が大きく揺らいだ平成という時代に生まれた社会問題は、そのままこの令和の時代に持ち越されています。
SMAP浜崎あゆみ、SPEED、宇多田ヒカルなどといった平成の世を彩った音楽が次々に本文中に登場し、そうした流行を懐かしみながらも、ただ平成を振り返るだけではなく、令和、そしてその先の時代に向けた宿題を突き付けてくる。
本作はそういう小説でした。


解決していない社会問題の重さに押しつぶされそうになり、ブルーの運命も悲しくつらいものでしたが、その中で奥貫と司に関するエピソードはわずかな救いでした。
未来に向けて解決していかなければならない課題は山積しているし、日本がかつての勢いを取り戻し、目まぐるしく情勢が変化していく世界で存在感を示していけるのかは不透明ですが、確実に日本人の価値観は変わっていき、それによって社会も変容していく。
その変化がよい方向へ、明るい未来へつながるものにしていかなければと、社会人のひとりとして強く思うとともに、そのために自分に何ができるのか自らの胸に問わずにはいられません。
☆5つ。