tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『罪と祈り』貫井徳郎


元警察官の辰司が、隅田川で死んだ。
当初は事故と思われたが、殴られた痕がみつかった。
真面目で正義感溢れる男が、なぜ殺されたのか。
息子の亮輔と幼馴染みの賢剛は、死の謎を追い、賢剛の父・智士の自殺とのつながりを疑うが……。
隅田川で死んだふたり。
そして、史上空前の未解決誘拐事件の真相とは? 
男たちの絆と葛藤を描く、慟哭の長編ミステリ!

貫井徳郎さんのデビュー30周年を記念して文庫化された作品です。
いやー、さすが貫井さん、重い重い。
最初から最後まで、非常に重たい雰囲気で物語が進んでいく、とても貫井さんらしい作品で、デビュー30周年を飾るにふさわしいといえます。


物語はふたつのパートに分かれています。
ひとつは亮輔と賢剛という幼なじみのふたりが主人公の現代パート。
そしてもうひとつは亮輔の父・辰司と賢剛の父・智士が登場する昭和末期のパートです。
物語は交番勤務の警察官として地元の人々に慕われた辰司が隅田川で水死し、辰司に憧れて警察官になった賢剛が所属する署の所轄に流れ着くというところから始まります。
辰司の遺体には殴られた痕があったため、警察は殺人事件として捜査本部を設置し、賢剛もその捜査に加わることになりました。
一方、辰司の息子である亮輔は自分が父のことをよく知らないことに気づき、父の知人友人を訪ね歩きます。
その中で亮輔は辰司の死に過去の誘拐事件が関係しているのではないかと疑い始め、さらに過去のことを調べて衝撃の事実にたどり着きます。
辰司を殺した犯人は誰なのか、なぜ殺されたのか、そして過去の誘拐事件との関わりは、といった複数の謎が絡み合い、先が気になってページを繰る手が止められませんでした。
ミステリ作家としての貫井さんの本領発揮で、ファンとしてはうれしくなります。
特に辰司を殺した犯人の正体についてはある仕掛けがあり、予想外のところに仕掛けられていたのであっと驚きました。


ただ、もうひとつの事件、すなわち過去パートで描かれる誘拐事件の真相については、ちょっとすっきりしないなという感想を抱きました。
これは私がバブル時代をよく知らないからなのかもしれません。
過去パートの舞台は昭和末期、私は小学生でしたので、当時の社会で何が起きていたか、いまひとつ覚えていませんし、当時も理解できていませんでした。
昭和天皇が亡くなる前の自粛ムードについては多少覚えているものの、バブル時代の闇の部分についての知識は皆無に等しく、そのために若かりし頃の辰司や智士が遭遇したようなできごとが当時の日本で本当に起きたことなのかよくわからず、現実味が感じられなかったというのが正直なところです。
そのため、バブルの闇が動機となった誘拐事件の描き方にも現実感がありませんでした。
ただ、結局のところ誘拐事件が起きた原因は、若者たちの歪んだ正義感にあったのだろうなと感じ、そこには理解できるところがありました。
歪んだ正義感というのは現代においても、特にネット上での誹謗中傷に絡んでよく語られる言葉です。
正義感を持つこと自体は悪いことではありませんし、若者が正義感にかられるのは好ましいことでもあります。
けれども、その正義が暴走した結果、犯罪に発展したり、傷つけられた誰かが自殺に追い込まれるなどの悲劇は、現実に起こっています。
そしてそのようなことはきっと時代が違っていても、どんな社会でも起こり得るのでしょう。
歪んだ正義感によって引き起こされた事件は、被害者はもちろんのこと加害者側も誰一人として幸せにはせず、救いのない悲劇的な結末に暗澹とした気持ちになりました。


それでもラストにはほんの少し明るい希望が描かれます。
自分の親の過去を知り、重い真実に向き合うという選択をした亮輔と賢剛のふたりには、親世代の悲劇と過ちを繰り返さないという未来への意思が感じられて少し心が軽くなりました。
後味はいいとは言えませんが、悪いだけでもないという、複雑な思いが残る結末が胸にずしりと重く印象的な物語です。
☆4つ。