tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『マカロンはマカロン』近藤史恵

マカロンはマカロン (創元推理文庫)

マカロンはマカロン (創元推理文庫)


下町のフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マルはカウンター七席、テーブル五つ。三舟シェフの気取らない料理が大人気。実はこのシェフ、客たちの持ち込む不可解な謎を鮮やかに解いてくれる名探偵でもあるのです。突然姿を消したパティシエが残した謎めいた言葉の意味は?おしゃれな大学教師が経験した悲しい別れの秘密とは?絶品揃いのメニューに必ずご満足いただけます。

下町の商店街の中にある小さなフランス料理のお店「ビストロ・パ・マル」のシェフが、店内で起きた謎を解き明かすシリーズ第3弾。
収録作は1話1話が短くて、私のような細切れ時間での読書をすることが多い読者には読みやすくてありがたい作品になっています。
とはいえ、短い中にもフランス料理に関する知識や人の心の機微など読みどころがギュッと詰まっていて、密度の濃い話が多く、あまり短さを意識することはありませんでした。


日常の謎」ミステリに分類される本作ですが、ミステリ度はどちらかというと低めだと思います。
「ビストロ・パ・マル」の三舟シェフが探偵役で、作中ほとんど厨房の中にいるのに、店員や客の話からあっさり謎を解いてしまうその姿は、ある意味「安楽椅子探偵」っぽい。
もちろん同じ店の中で完結している話ではあるので、「安楽椅子探偵」とはちょっと違うのですが。
フレンチのシェフなのだから当たり前ですが、フランス料理やフランス文化についての造詣が深く、その知識を生かして謎を解いていきます。
ただ、どちらかというと主眼は謎解きそのものではなく、謎を解くことによって明らかになった人間模様や人の心理の方に置かれているという印象です。
ある言葉の裏に隠された本当の想いだとか、表面上の態度だけではわからない気遣いだとか、そういった人の感情の繊細さにハッとさせられます。
その感情がよいものばかりではなく、時には少々暗いものだったり後ろめたいものだったりするのも、綺麗ごとばかりではない人間らしさを感じます。
そこに、ネタバレ防止のため具体的には言えませんが、現代的なテーマを絡めているのもうまいですね。
決して堅苦しくなく自然に、考え方や価値観をアップデートしていくことの大切さを教えてくれる。
ミステリにおいて謎を解く際には偏見や思い込みを取り除くことが重要ですが、そのことともとても相性の良いストーリーになっています。


全8話の収録作のうち、特に私が気に入ったベスト3は、「コウノトリが運ぶもの」「共犯のピエ・ド・コション」「ムッシュパピヨンに伝言を」です。
コウノトリが運ぶもの」は最初に収録されている作品ですが、いきなり泣かせる結末で強く印象に残りました。
アレルギーに関するエピソード、そして「コウノトリの模様が入った鍋」という、一見何の関係もなさそうなふたつが結びついて浮かび上がってくる、亡き人の思い。
こういう話には弱いですね。
「共犯のピエ・ド・コション」では入れ歯洗浄剤をそんなことに使うのか!という強い驚きがありました。
三舟シェフの心遣いと「共犯」に、彼の人柄がにじみ出ていて気持ちのよい読後感でした。
ムッシュパピヨンに伝言を」は、大学教員の昔の恋物語がなんとも切ない。
だからこそ、結末には思わず笑みがこぼれます。
ブリオッシュは私も好きなパンですが、そのパンに意外な意味があったことに驚きました。
これら3作以外だと、料理が印象に残った作品はストーリーも印象に残っています。
たとえば「追憶のブーダンノワール」の「ブーダンノワール」とは豚の血で作ったソーセージのことですが、日本人としては「豚の血」と聞いてもあまりおいしそうだとは思えません。
そういう一般的な日本人の味覚をうまく利用したストーリーなのです。
表題作「マカロンはマカロン」に登場するマカロンも、日本で知られているマカロンとは違う種類のマカロンが出てきて、こういうものもあるんだと勉強になりました。
いつかどこかで機会があれば、ぜひ味わってみたいものです。


基本的に、謎を解くことによって人の悩みや問題が解決するような話が中心なので、読後感がさわやかです (例外もありますが)。
作者自身、食べることが好きで、フランス料理について調べることを楽しみながら書かれたんだろうなということが伝わってきます。
その分、とにかく料理の描写がおいしそうで、全編飯テロともいえる作品ですので、夜中などに空腹状態で読む場合には注意が必要かもしれません。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp
tonton.hatenablog.jp