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『巴里マカロンの謎』米澤穂信

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)


「わたしたちはこれから、新しくオープンしたお店に行ってマカロンを食べます」その店のティー&マカロンセットで注文できるマカロンは三種類。しかし小佐内さんの皿には、あるはずのない四つめのマカロンが乗っていた。誰がなぜ四つめのマカロンを置いたのか?小鳩君は早速思考を巡らし始める…心穏やかで無害で易きに流れる小市民を目指す、あのふたりが帰ってきました!

春期限定いちごタルト事件』から始まる「小市民」シリーズの新作をずっと待ちわびていました。
前作『秋期限定栗きんとん事件』からなんと11年ぶりに刊行された本作は、シリーズ本編ではなく番外編的な位置づけ。
それでも決して本編と比べて読み応えが劣るなどということはなく、番外編だからといって読み心地が異なるわけでもなく、いつもの小鳩君&小佐内さんコンビが帰ってきたと素直に喜べる作品です。


恋愛関係でも依存関係でもないけれど、互恵関係にある小鳩君と小佐内さん。
本作は小市民を目指すふたりの「休日」がテーマとのことで、地元を離れたり、一緒に行動していなかったりしますが、だからこそ普段より積極的に謎解きをしているのが、ミステリ好きにとってはうれしいところです。
4つの短編が収録されていますが、中でも「伯林 (ベルリン) あげぱんの謎」には「読者への挑戦状」ととれる一文があって、ミステリ好きの血が騒ぐ一作でした。
新聞部の部員たち4人が4個のうち1つだけマスタードが入っているはずの揚げパンを食べたものの、誰もマスタード入りに当たったという人がいないという謎に小鳩君が挑みます。
冒頭からしっかり伏線が張られていて、小鳩君が論理的に可能性をひとつずつつぶして真実へと到達する展開にわくわくしました。
ついついストーリーを追うことだけに夢中になってしまってあまり謎解きに頭を使うことのないまま最後まで読んだのですが、オチもなかなか秀逸です。
謎解きというほどではなく少しだけ想像していたことがあったのですが、それがたまたまではあるものの当たっていて、なんだかうれしい気分になりました。
表題作「巴里マカロンの謎」も、小鳩君と小佐内さんが会話しながら推理を進めていく様子が、人気のパティスリー店内の甘いものに満たされた空間という舞台と相まって、幸せで楽しい気分で謎解きを味わえました。


もちろん、魅力はミステリの側面だけではありません。
米澤さんの作品にはダークというか、毒気のある物語が多く、本作はどちらかといえば毒気が弱めではあるものの、各作品に登場するスイーツの甘さとは対照的な苦みを含んだ展開が印象的です。
あくまでも高校生が主人公の日常の謎を扱うミステリなので、殺人事件のような明確な殺意や悪意はないものの、謎解きの果てに人間のちょっと嫌な部分が見えてきて、心がざらつくような感じがします。
それでも読後感が悪くないのは、その「嫌な部分」が誰もが持っている普遍的なものだからでしょう。
この人なんだか嫌だなと思っても、では自分は?と考えてみると自分にも同じような嫌な部分があり、それは小鳩君や小佐内さんにしても例外ではありません。
100%の善人などいないという当たり前のことを、このシリーズでは嫌味なくさらりと描いているのです。
それでも、結末が幸せな雰囲気だとやっぱりいい気分で読み終えられるのも事実。
最後に収録されている「花府 (フィレンツェ) シュークリームの謎」は、小鳩君と小佐内さんによる謎解きの結果、ある登場人物たちの人間関係が改善し前進し始めるという気持ちのよい展開に加えて、ラストシーンでの喜びに震える小佐内さんの姿に、こちらも幸せな気分になりました。


というわけで、ミステリ的には「伯林あげぱんの謎」、物語としては「花府シュークリームの謎」が本作の中での私のベスト作品でした。
登場するスイーツも全部おいしそうだし、謎解きも存分に味わえ、大きな声で「ごちそうさま」と言いたくなる1冊で、とても満足です。
本編の続編で完結編になるかもしれない『冬期限定〇〇事件 (未定)』は、11年も待たずにできれば早めに読みたいという気持ちが強くなりました。
☆4つ。




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