tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『タルト・タタンの夢』近藤史恵


商店街の小さなフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マル。シェフ三舟の料理は、気取らない、本当のフランス料理が好きな客の心と舌をつかむものばかり。そんな彼が、客たちの巻き込まれた事件や不可解な出来事の謎をあざやかに解く。常連の西田さんが体調を崩したわけは?フランス人の恋人はなぜ最低のカスレをつくったのか?絶品料理の数々と極上のミステリ。

タイトルに惹かれて(だっておいしそうでしょ?)手に取ってみた本だったのですが、ちょうど読んでいるときに新聞の書評欄に「売れてる本」として紹介されて、びっくりしました。
そりゃまぁ、実力のある作家さんですし、なんら不思議なことはないのですけど…。
私はベストセラー本でも世間からだいぶタイミングが遅れて読んでいることが多いので、ちょっとうれしかったです。


さて、この作品、期待通りにとっても「おいしそうな」仕上がりでした。
舞台はとある商店街の中にある、小さなフレンチのお店「ビストロ・パ・マル」。
愛想が悪いけど料理の腕は抜群の三舟シェフ、一流店を辞めてまでわざわざこの店で働くことを志願した副料理長の志村、若い女性としては珍しく俳句が趣味のソムリエ・金子、そして物語の語り手でもある新米ギャルソンの高築――このたった4人で切り盛りするこじんまりしたお店です。
フランス料理というと、ちょっと特別な機会、たとえば結婚式とかパーティーとか記念日のデートとかに食べに行くものというイメージで、それなりにおしゃれをしなきゃとかテーブルマナーにも気をつけなきゃとか、ちょっと緊張する感じがします。
ですがこの「ビストロ・パ・マル」は基本的にフランスの家庭料理を出すお店なので、もっと気軽においしいものを楽しめる雰囲気です。
それがまずいいなぁと。
さらに、実際に物語中に登場するお料理の数々は、前菜から始まって肉料理も魚料理も、さらにはデザートも食後のコーヒーやお茶と一緒に供されるプチフールに至るまで、すべてがとにかくおいしそう。
読んでいてとってもお腹が減りました(笑)
高級フレンチレストランには縁がない私ですが、こんなビストロならぜひ行ってみたいな。
タイトルにあるタルト・タタンもおいしそうだけど、作中にある中ではガレット・デ・ロワに惹かれました。
フランスで1月6日の公現祭(キリスト教の行事)に食べる定番のお菓子なんだそうです。
おいしそうな上に、中にフェーブという陶器の人形が入っているというフォーチュンクッキーに似た楽しみもあって、いかにもお祭りに食べるお菓子っぽい。
ぜひ本場フランスで味わってみたいものです。


さらに謎解きも楽しめる作品なのだから言うことはありません。
来店した客たちが巻き込まれるさまざまな「事件」の謎を、三舟シェフがまるで料理をするかのように鮮やかに解き明かしてしまいます。
同じようにビアバーのマスターが謎解きをする北森鴻さんの「香菜里屋シリーズ」が大好きな私にはたまらないですね。
おいしいものと謎解きってどうしてこんなに相性がいいのでしょう。
たぶん、おいしいものを食べるということと、謎解きとの間には、「カタルシス」という共通点があるからじゃないかなと思います。
おいしいものを食べると、人は自然に笑顔になるものです。
いやなことがあった日でも、おいしいものが食べられればすっきりした気分になれたりしますね(やけ食いという意味ではなく)。
もちろん、空腹が満たされた喜びもあります。
それは一種のカタルシスと言っても過言ではないのではないかと思うのです。
解けない謎や、心にあるひっかかりが解決してすっきりするのも、もちろんカタルシス。
食べることは人生において大きな楽しみの一つですし、気になることもスッキリ解決して、さあおいしい料理を楽しもう、というのは、これ以上ないカタルシスではないかと。
読んでいる方もとてもすっきりした気分になれました。
実際においしいものが目の前にあれば言うことなかったのですけど(笑)


ドロドロした事件もなく、「ビストロ・パ・マル」の持つ雰囲気そのままに、とても気軽に楽しめる連作短編集でした。
2作目もすでに刊行されていて、『ヴァン・ショーをあなたに』というタイトルなんですね。
『タルト・タタンの夢』にも何度かヴァン・ショーが登場して、これまたとてもおいしそうだったので、次作もとても楽しみです。
☆4つ。