tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『凍てつく太陽』葉真中顕

凍てつく太陽 (幻冬舎文庫)

凍てつく太陽 (幻冬舎文庫)


昭和二十年、終戦間際の北海道・室蘭。逼迫した戦況を一変させるという陸軍の軍事機密をめぐり、軍需工場の関係者が次々と毒殺される。アイヌ出身の特高刑事・日崎八尋は「拷問王」の異名を持つ先輩刑事の三影らとともに捜査に加わるが、事件の背後で暗躍する者たちに翻弄されていく―。真の「国賊」は誰なのか?かつてない「戦中」警察小説!第21回大藪春彦賞&第72回日本推理作家協会賞ダブル受賞!

いやあ、これは面白かったです。
600ページを超える分厚い本ですが、展開が気になってどんどん読み進められるので、全く長さを感じません。
スケールの大きさも、スリルたっぷりでスピーディーなストーリー展開も、ミステリとしての意外性も、すべてが圧巻でした。


舞台は太平洋戦争末期、北海道の室蘭。
主人公の日崎は特高課の刑事で、冒頭からいきなり潜入捜査の任務に就く場面が描かれ、否応なく物語に引き込まれます。
その後も同僚刑事から罠にかけられて殺人事件の犯人として逮捕され、拷問された挙句に、網走刑務所からの脱獄、逃亡、さらには羆 (ヒグマ) との戦いまで経験してしまう日崎に若干の憐れみを覚えつつ、危機に次ぐ危機から目が離せません。
製鉄会社の工場で起こる連続殺人事件がストーリーの中心に据えられており、その真犯人を追うという展開はスタンダードなミステリだといえますが、そこに警察小説、冒険小説、戦争小説といった要素もふんだんに盛り込まれ、それらすべてが破綻なく絡み合って完成度の高いエンターテインメントに仕上がっています。
さらには、アイヌ朝鮮人といった大日本帝国における民族問題や、「愛国心」というもののあり方、個人と国家との関係を問う社会派の一面も持った作品です。
非常に読みどころが多く、それでいて重すぎず軽すぎない絶妙なバランスに舌を巻きました。


高校の修学旅行で北海道のアイヌの集落を訪問したことがあり、個人的にアイヌ文化や先住民問題に関心を持っていたため、本作のアイヌにまつわる部分には特に興味を持って読みました。
大日本帝国による皇民化政策で帝国臣民として扱われることになったアイヌ民族
アイヌの母を持つ主人公の日崎も、帝国臣民として国のために生きたいという思いが強く、そのために特高刑事として働いています。
けれども、いくら日崎が自分のことを帝国臣民だと思っていても、アイヌ大和民族ではないのだから格下で、蔑むべき存在だと考える人がいて、理不尽な扱いやいわれのない差別を受けるというのは、この小説の作り話ではなく、現実に起こったことでしょう。
これは植民地政策によって帝国臣民とされた朝鮮人にもいえることです。
差別した側の日本人にしても、軍国主義教育を受けて育ち、特高憲兵が目を光らせる中で生きなければならない不自由さを思えば、一方的に日本人が悪かったともいえません。
けれども、大和民族と同等の扱いをする気などないにもかかわらず他民族を形ばかりの日本人に仕立て上げ、愛国心を煽り戦争を推し進めた欺瞞と矛盾に、頭がくらくらするような虚しさを感じずにはいられませんでした。
物語中盤で、ある人物が共産主義ソ連 (ロシア) がやっていることと帝国主義大日本帝国がやっていることはほぼ同じであると指摘する場面があります。
「国だの民族だのっては、誰かが勝手にそう決めているだけの、まやかしかもしれねえ」という言葉が、最後まで頭にこびりついて離れませんでした。


終盤のどんでん返しと事件の真相には驚かされました。
久しぶりに骨太のミステリ小説が読めて大満足です。
映像映えしそうな作品でもあるので、映画化など期待したいですね。
☆5つ。