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『恋のゴンドラ』東野圭吾

恋のゴンドラ (実業之日本社文庫)

恋のゴンドラ (実業之日本社文庫)


都内で働く広太は、合コンで知り合った桃実とスノボ旅行へ。ところがゴンドラに同乗してきた女性グループの一人は、なんと同棲中の婚約者だった。ゴーグルとマスクで顔を隠し、果たして山頂までバレずに済むのか。やがて真冬のゲレンデを舞台に、幾人もの男女を巻き込み、衝撃の愛憎劇へと発展していく。文庫特別編「ニアミス」を収録。

東野さんご自身の趣味でもあるスノボ (多少スキーもあり) +恋愛コメディの連作短編集です。
上記のあらすじの「衝撃の愛憎劇」はえらく大げさですね。
そんな重さはなく、軽いノリなので気軽にさらっと読めるのが本作のよいところです。


これまでスキー場を舞台にした作品というとライトミステリの『白銀ジャック』『疾風ロンド』『雪煙チェイス』の三部作を発表されていた東野さん。
この三部作も軽いタッチでラブコメ要素もあり、非常に読みやすい作品ではありましたが、ミステリとしてはちょっと物足りないという印象がぬぐえませんでした。
東野さんの初期の本格ミステリ作品を知っているだけに、どうしてもそういうものを期待してしまうのが悪いのだとは思いますが。
今回はミステリ要素をバッサリ削って、恋愛コメディに特化していますが、これがなかなかうまくはまったんじゃないかと思います。
最初の話が同棲中の婚約者がいながら浮気をしようとする男性の話で、これは共感できないなと思っていたら、そうそう浮気なんてうまくいくはずもなく男性がしっかり痛い目に遭うという展開なので、ちょっと安心。
その後の話も、浮気性の男性や遊び人っぽい男性が登場したり、あるいは逆に女性慣れしていないのか不器用でうまく女性と付き合えない男性も登場し、女性視点で読むと正直なところすごく魅力的な男性が出てくるわけではありません。
それでも、全話において同じ人物がさまざまな視点で登場してくるので、この人は今後どうなるのか、誰かと幸せになれるのか、などと次第にいろいろ気になってきます。
恋人や婚約者がいるのに他の女性にちょっかい出そうとしてるんじゃないよ、と突っ込みたくはなりますが、不快感はあまりなく、どちらかというと笑って読めるタイプのコメディで、気軽に楽しめました。


ミステリではないとはいうものの、ちょっとしたどんでん返しのようなものが仕掛けられた話もあって、全話が同じ登場人物たちによる恋愛コメディでありながら、ワンパターンではないという点もよかったです。
さすがにミステリの手法をうまく応用しているなという印象を受けました。
気になるのは文庫版特別編だという「ニアミス」という話で、ある男性の登場人物が二股をかけようとしている話なのですが、これ、女性側は男性の下心に実は気づいていたんじゃないのかなあ……。
この話は男性の視点でしか書かれておらず、女性側の状況や何を考えているのかなどは読者には一切わからないので、そういう想像ができるのも面白いなと感じた部分でした。
他には「スキー一家」も面白かったです。
これは恋愛とはちょっと違って、すでに結婚しているカップルの女性側の父親が大のスキー好きで、スノーボーダーを毛嫌いしているという話です。
頑固一徹、昭和のお父さんといった感じのベテランスキーヤーで、確かにこういう人はスノボが嫌いそうだなあと、身近にいなくても容易に想像できてしまうリアリティがあって、強い説得力を感じました。
スノーボーダーのファッションにしても、そういえばオリンピックに出場するレベルの選手であっても叩かれていたことがありましたね。
どうしても「チャラい」という印象が否めないのは私も理解できるので、そこは多少お父さんに共感しつつ、でもだからといってスノーボーダーの人格まで否定するのはさすがに行きすぎです。
スノーボーダーといっても人によってさまざまなのはスキーヤーと同じ、チャラチャラ遊んでいるわけではなく純粋にスポーツとして楽しんでいるスノーボーダーもたくさんいるんだぞ、という東野さんの主張が伝わってくる一編でした。


前述のスキー場ミステリ三部作の登場人物も登場するので、三部作を読んでいた人ならより楽しめると思います。
重厚な社会派ミステリでたっぷりと読みごたえを感じさせてくれたかと思えば、軽い恋愛小説でも十分に読ませてくれるんだなとわかって、東野さんの振り幅の広さに改めて感心しました。
☆4つ。




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