tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ヒトコブラクダ層戦争』万城目学


榎土梵天、梵地、梵人は三つ子の三兄弟。自分たちが謎の能力「三秒」を持つことに気づき、貴金属泥棒を敢行。大金を手にした梵天は、ティラノサウルスの化石発掘の夢を抱き山を丸ごと購入した。だが、そこにライオンを連れた謎の女が現れたとき、彼らの運命は急転する。海を越え、はるか砂漠の地にて、三兄弟を待ち構える予測不能の超展開とは!?

京都に奈良に琵琶湖、と関西各地を舞台にしたファンタジー小説を書かれてきた万城目さん、今回はなんと日本を飛び出してイラクへ行ってしまいます。
一気にスケールアップした物語に呼応するように作品のボリュームも増し、上下巻で計1,100ページ越えの超大作ですが、不思議な能力を持つ三つ子の大冒険にハラハラドキドキしているうちに、あっという間に読み終わった印象でした。


榎土梵天、梵地、梵人 (ぼんど) の三つ子の兄弟は幼い頃に自宅に隕石が落ちてきたことによる火災で両親を亡くし、以来3人で助け合って生きてきました。
成長して気づいたのは、彼らにはそれぞれ「三秒」と呼ぶ不思議な能力が備わっているということ。
長男の梵天は3秒間だけ身体から意識を飛ばして壁や地面などをすり抜けた向こう側を覗くことができるという能力。
次男の梵地は3秒間どんな言語でも聞き取れて理解できるという能力。
そして末弟の梵人は3秒後の未来を見ることができる能力。
彼らはその能力をそれぞれ生かして、自らの夢を叶えようとします。
長兄の梵天の夢は、新種の恐竜の化石を自分の手で発見することでした。
ある日、通訳として働く梵地のつてで、恐竜の化石が見つかるかもしれない山をまるごと購入するチャンスを得た梵天は、兄弟に自分たちの能力を使って貴金属泥棒をしようと持ちかけます。
首尾よく泥棒に成功し山を購入した梵天たち三つ子の前に現れたのは、青いコートをまといライオンを従える謎の外国人の女。
彼女の命令で自衛隊に入隊し、PKO活動に参加することになった3人は、イラクへ赴任します。


この序盤のあらすじだけでもすでにスケールがでかい上になかなかぶっ飛んだ展開です。
けれどもストーリーとしては普遍的で共感しやすいテーマが設定されています。
それはずばり、若者が夢を追求する物語。
梵天の恐竜の化石を発見したいという夢、梵地のメソポタミア文明を現地で調査・研究したいという夢、梵人のアスリートとして活躍したいという夢。
さらにそこに、イラク自衛隊における三つ子の上官として彼らとともに奇妙な戦いに身を投じることになる女性・銀亀三尉のオリンピックに出場したいという夢が重なります。
この4人がイラクで経験する戦いは現実離れしていて、戦う相手もさることながら、戦い方も三つ子の特殊能力を活かしてのものなので普通ではありませんが、それでも三つ子の絆と連帯、さらに銀亀三尉が加わってともに不可解な敵に立ち向かいピンチを乗り越えていく姿は、普通の青春小説に匹敵するさわやかさがありました。
それぞれに夢に対する情熱も葛藤もありつつ、互いの夢を応援し協力し合う様子に、自然と読者としても応援したい気持ちになってきます。
そして、特殊能力を持ってはいても、夢を叶えるためには、自分自身の努力や知恵や熱意がものをいうという結末もいいですね。
安易なご都合主義に流れず、若い4人 (三つ子+銀亀三尉) が自分たちの力でそれぞれの道を切り開いていくのが頼もしく、胸があたたかくなります。


謎の女による導きによりイラクへ向かい、目的もよくわからないまま謎の戦いに身を投じるという、予測不能な物語に翻弄され、物語後半のピンチの連続にはハラハラさせられました。
かなり荒唐無稽な筋書きながら、それでも三つ子のキャラクター設定がしっかりしており、彼らが夢を叶える過程を描くという芯が揺るがないので、長大でもだらだらすることがなく最後まで安定したストーリー運びがさすがです。
梵地が語るメソポタミア文明のうんちくも面白く、非常に読みどころの多い作品を堪能しました。
☆4つ。