tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『イマジン?』有川ひろ


「朝五時。渋谷、宮益坂上」。 その9文字が、良井良助の人生を劇的に変えた。飛び込んだのは映像業界。物語と現実を繫げる魔法の世界にして、ありとあらゆる困難が押し寄せるシビアな現場。だがそこにいたのは、どんなトラブルも無理難題も、情熱×想像力で解決するプロフェッショナル達だった! 有川ひろが紡ぐ、底抜けにパワフルなお仕事小説。

有川ひろさんというと、甘々のラブコメを思い浮かべる人も多いでしょうが、実は熱血お仕事小説も得意とされている方なのです。
本作もかなり熱いお仕事小説。
主人公の良井良助 (いいりょうすけ) の一生懸命さがさわやかな、若者の成長物語でもあります。


映像業界に憧れて映像の専門学校を出たものの、思わぬ不運で就職をふいにし、アルバイトで食いつないでいる良助。
ある日強面の先輩に強引に招集をかけられたのは、とある人気テレビドラマの制作現場でした。
映像制作会社「殿浦イマジン」のアルバイトから社員に登用され、ついに映像業界で働くという夢を叶えた良助は、映画や2時間ドラマなど、さまざまな現場を経験していきます。
良助が最初にアルバイトとして入った現場は、自衛隊をテーマにしたドラマ「天翔ける広報室」の撮影でした。
……ん?なんだか聞いたことのあるようなタイトルですね。
その後も有川さんの映像化作品を彷彿とさせるタイトルが登場します。
有川さん、自分の作品の映像化を通して見聞きした映像業界の実態を小説にしちゃうとは、なかなかちゃっかりしてるなあという感想を抱きますが、それがちゃんと小説として面白いのだからさすがです。
自作の映像化に際してそれほど深くかかわらない作家さんもいるようですが、有川さんはちゃんと現場を見に行って、作家らしい観察力でしっかり取材もされたのでしょう。
「天翔ける広報室」の現場が雰囲気のよい現場だというのは、有川さんが見に行ったあのドラマの現場が実際にそうだったのだろうなというのがうかがえて、有川さんの小説だけではなくその映像化作品も好きならばファン心をくすぐられること間違いなしです。
作品がいくつも映像化されている有川さんだから書ける、映像業界の裏側をのぞき込むようなエピソードの数々に、おおいに好奇心を刺激されました。


本作は憧れの映像業界に入った若者がさまざまな試練に見舞われながら経験を積み、少しずつ成長していく物語ですが、私が一番いいなと思ったのは、「夢が叶ったその先」を描いていることでした。
良助は子どもの頃からの「映像業界で働く」という夢を叶える直前に高い壁に立ちはだかられ、半ばあきらめ気味だったところにアルバイト先の先輩に映像制作会社でのアルバイトに誘ってもらうという幸運をつかみました。
そこまでは人の縁がもたらす僥倖だったといえますが、その後そのアルバイトの現場で未熟ながらも懸命に働いて社員登用のチャンスをつかめたのは、良助自身の努力と実力によるものです。
苦労人の良助だからこそ、映像業界に入れたことはそれだけで大きな喜びだったことでしょう。
ですが、憧れの業界で働くうちに、良助ははたと気づくのです。
映像業界に入ることはゴールではなく、スタートだったのだ、と。
それまでの一番の夢が叶ってしまって目標を見失いがちだった良助にとって羅針盤となるのは、「殿浦イマジン」で共に働く人々です。
一言に「映像業界の仕事」といっても、それは他の業界と同じく職種は多岐にわたります。
監督・助監督など制作に直接かかわる仕事もあれば、裏方仕事もありますし、お金を管理する経理だって現場からは遠くても重要な仕事です。
そうしたさまざまな職種の人間が協力し合ってこそいい映像作品が作れる。
そのことに気づいた良助が「夢を叶えたその先の夢」を見つけるべくがむしゃらに仕事に取り組んでいく、その姿がとてもさわやかでした。


お仕事小説としても若者の成長物語としても面白かったですが、単純に映画やドラマの制作現場の裏側を知れるのが楽しかったです。
なかなか見学したいと思っても見学できるものではありませんからね。
有川さん自身の主張が感じられる部分もあり、有川さんのファンには間違いなくおすすめできる作品です。
☆4つ。