tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』東野圭吾


結婚を控えた神尾真世に「父が殺害された」と警察から連絡が入った。真世は仕事と結婚準備を抱えたまま、寂れた故郷へ降り立つ。そこは人が滅多に訪れない小さな観光地で、ようやく射した希望の光すら新型コロナウイルスの蔓延により奪われた町だった。殺害現場となった実家に赴くと、警察官ではない、謎の人物が入り込んでいて――。真っ当ではない手段も厭わない、破天荒な”黒い魔術師”が犯人と警察に挑む! 東野圭吾による大注目の新シリーズ、「ブラック・ショーマン」開幕!

2023年最後の読書は安定・安心の東野圭吾さん。
来月には『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』が刊行され、めでたくシリーズ化するようです。
内容は非常にシンプルな王道のミステリで、東野作品でこんなに「普通の」(もちろんいい意味で) ミステリを読んだのは久しぶりのような気がします。


婚約者との結婚準備に忙しくしている神尾真世のもとにある日、父である元中学校教師の英一が殺されたという連絡が入ります。
急ぎ故郷へ戻った真世の前に現れたのは、若いころアメリカでマジシャンとして活躍していた叔父の武史でした。
手品師らしい手先の器用さと話術の巧みさを持つ武史は自分の手で英一を殺害した犯人を見つけ出すと宣言し、真世もそれに協力することになります。
この叔父の武史のキャラクターがいいですね。
マジシャンとして培った技術 (?) で刑事のポケットから気づかれずにスマホを抜き取って中を見たり、英一の通夜と葬儀に訪れた人々を撮影するカメラをあちこちに仕掛けたり、警察の聴取に応じた真世のバッグに盗聴器を仕込んだり――とちょっと反則的ではと思えるような手段も駆使して事件の謎に迫っていきます。
さらには事件関係者から聞きづらいことも巧みに聞き出してしまいます。
手先が器用で、人間の心理に通じ、嘘も方便とばかりにとんでもないほらを吹いて真世をあきれさせたりいらだたせたりもしていますが、どこかコミカルでユーモアのある人物で非常に楽しく読めました。
もちろんミステリの探偵役らしく洞察力もひらめきも推理力も申し分ありません。
さすがはシリーズをしょって立つ主人公といったところでしょうか。


武史と真世は、ふたりにとっての故郷である寂れた地方都市で、真世の中学の同級生を中心に話を聞いていきます。
真世の同級生たちは同窓会を企画しており、そこに担任だった真世の父・英一も呼ばれることになっていたのでした。
同級生たちの話を聞くうちに、彼らが英一に相談していたのは同窓会の件だけではなく、町おこしの話もあったのだということがわかってきます。
人口減少にあえぐ地方の小さな町にとって、町おこしはどこも他人ごとではない重要課題でしょうが、本作では舞台がコロナ禍まっただ中であるという設定が効いています。
真世の同級生が描いたマンガ作品がアニメ化を機に大ヒットし、その作品を町おこしに活用できないかとあれこれ計画を立ててきたところにコロナ禍が直撃し、計画がおじゃんになったのでした。
こうした不運はおそらく世界中で起こったことでしょうが、名もなき小さな町にはダメージが大きいものです。
かといってそれは誰が悪いというものでもないのですから、改めてパンデミックの理不尽さに胸が痛くなりました。
大ヒットしたマンガ作品に対する同級生たちそれぞれの立場から複雑に絡み合うそれぞれの思い、そして人間関係が、武史の手によって丁寧に、時に強引に暴かれていき、犯人にも動機にもそれほど大きな意外性はないものの、その謎解きの過程が読み応えのある物語でした。


まだ記憶に新しいコロナ禍の閉塞的な空気感をリアルに思い出させ、またその行動制限を強いられる特殊な状況下であることを巧みに生かしているところが、ある意味新鮮に感じました。
神尾武史という新たな探偵役の登場で、東野作品の幅がまた広がっていくことになりそうで、先行きも楽しみです。
武史はまだまだ謎を隠し持っていそうなキャラクターですし、アメリカでのマジシャン時代の活躍ぶりも気になります。
気になるといえば、本作の結末後の真世がどんな選択をしたのかも今後のシリーズ続編でわかるとうれしいですね。
また先が楽しみなシリーズが増えました。
☆4つ。