tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『歓喜の仔』天童荒太

歓喜の仔 (幻冬舎文庫)

歓喜の仔 (幻冬舎文庫)


誠、正二、香の兄妹は、東京の古いアパートで身を寄せあって暮らしている。父は失踪し、母は寝たきりの状態だ。多額の借金を返し、家族を養うため、兄妹はある犯罪に手を染める。やがて世界の紛争地に生きる少年たちの日々が、兄妹たちの生と響き合う……。愛も夢も奪われた仔らが運命に立ち向かう、究極の希望の物語。第67回毎日出版文化賞受賞作。

天童さんの代表作『永遠の仔』を思わせるタイトルながら、特に続編だとか姉妹編だとかいうわけではありません。
それでも、天童さんが書きたかったテーマには共通性があるのではないでしょうか。
私がこの作品から読み取った一番大きなテーマは、子どもたちの持つ強さ、でした。


父が借金を作ったのち女とともに失踪、ショックを受けた母は転落事故により植物状態に。
3人のきょうだいは違法な仕事をこなしながら、母を介護し、出口の見えない闇の中を、懸命に生きています。
これだけでもなんとも胸が塞ぐような、つらい物語です。
ですが過酷な状況はこれだけにとどまりません。
きょうだいたちはみなどこかしら「障害」のようなものを抱えています。
長男の誠は空想の世界にたびたび逃れ、次男の正二は色覚を失い、末の妹の香は嗅覚に異常を来しています。
さらに、彼らを取り巻く環境も非常に厳しいものです。
父母が不在と言っていい状態でも、周りには学校の先生をはじめとしてたくさんの大人がいるはずなのに、彼らに手を差し伸べようとする人はひとりもいません。
そして、彼らが住むアパートは、他の住人も訳ありの人たちばかり。
不法滞在の外国人もいて、幼い子どもたちが育つ環境として、よい場所だとは到底思えません。
末っ子の香は外国人の子どもが多く通う幼稚園に通っていますが、ここに通う園児たちもなかなか厳しい状況に置かれている子どもたちばかりで、読んでいて胸が痛みます。
私の年齢的なものかもしれませんが、子どもがつらい状況に置かれている話は読むのがつらくてたまりません。


でもこの作品では、そんな過酷な状況にいる子どもたちの、過酷さを感じさせないような強さと生命力が生き生きと描かれていて、目が覚めるような思いでした。
つらい環境にへこたれて、苦しいしんどいと弱音を吐いたり逃げ出そうとしたりするのは、大人ばかりなのかもしれないと思わされます。
本作に登場する子どもたちは、みなとても強くてたくましい子たちばかりでした。
誠・正二・香の3きょうだいにしても、いつ借金が返せるのか当てはなく、いずれ自由の身になれるのか、母の意識が回復する可能性はあるのか、まったく先が見えない闇の中を歩いているようなものなのに、3人とも決してへこたれていません。
自分たちなりに考えて、知恵を働かせて、懸命に生きようとしている。
その姿がどんな大人よりも頼もしく感じられて、読み進めるにつれて感嘆するばかりでした。
香などは幼稚園の友達数人で、新幹線に乗って遠いところへ行くという大冒険も成し遂げます。
恵まれた子どもたちではありませんが、だからこそ大人に頼らず生き抜くための力がつくのかもしれません。
あるいは、どんな子どもでも、生きるための強さは、動物としての本能のようなものとして、生まれつき持っているものなのかもしれません。
そのような賢くて強い子どもたちが、「こんな子どもいないだろう」と思うような作り物めいた感じではなく、しっかりとリアリティをもって描かれているのがいいなと思いました。


昨今、子どもの貧困問題がたびたびメディアでも取り上げられるようになりました。
この作品に描かれているような生活を送っている子どもも、きっとどこかにはいるのでしょう。
豊かとは言えなくてもとりあえず日々の生活に窮することなく生きている大人として、高等教育を受けられなかったり望まぬ労働をしたりしている子どもたちに手を差し伸べるには、一体どうすればよいのだろうか……と考えさせられました。
今この瞬間にも闇の中をさまよっている子どもたちがいると想像するとつらいですが、同時に本作に描かれている子どもたちの強さと生命力を思うと希望も感じます。
大人よりも子どもの方が「生きる喜び」を感じる力を持っているのかもしれないな、と思いました。
今日を懸命に生きる子どもたちが、一人でも多く歓喜の歌を歌える世界であってほしいと思います。
☆4つ。


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