tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』辻村深月


地元を飛び出した娘と、残った娘。幼馴染みの二人の人生はもう交わることなどないと思っていた。あの事件が起こるまでは。チエミが母親を殺し、失踪してから半年。みずほの脳裏に浮かんだのはチエミと交わした幼い約束。彼女が逃げ続ける理由が明らかになるとき、全ての娘は救われる。著者の新たな代表作。

なんだか今年は辻村深月さんの作品の魅力を再発見する年になっているような気がします。
先日読んだ『傲慢と善良』も圧巻でしたが、本作もグサグサと胸に刺さる箇所がたくさんあって強く印象に残る作品でした。
いやー、辻村さんなかなかエグいモノを書く人だわ。


本作は構成が『傲慢と善良』と似ているなと思いました。
というより、構成だけならほとんど同じです。
突然姿を消した女性と近しい人物の視点で物語前半が語られ、その後そのいなくなった女性の視点で結末までの物語が描かれます。
この書き方だと前半は姿を消した女性の視点がまったく入ってこないので、一体なぜ失踪して今どこにいて何をしているのかがさっぱりわからず、その謎に引っ張られるようにして読むことになるのですが、これがミステリ的な物語の展開と非常に相性がよくていいですね。
本作ではみずほというフリーのライターの視点で前半の物語が進みます。
みずほの幼なじみであるチエミが、仲が良かったはずの母親を殺害し、その後どこかへ姿を消し行方不明になるという事件を起こし、みずほはチエミの行方を捜し始めます。
ライターとして仕事半分で事件を追っているのかと思いきや、チエミとの共通の友人知人など関係者から話を聞くうちに、チエミの物語はみずほ自身の記憶や思い出と重なっていきます。
チエミが事件直後に会いに行った小学校時代の担任の先生や、赤ちゃんポストの存続問題に揺れる病院など、みずほが話を聞きに行く相手と事件との関連性が次第に明らかになるにつれ、みずほのチエミへの思いも少しずつ変わっていくようで、ミステリと「女の友情」の物語との融合に興味をかきたてられました。


そして、この作品の「エグさ」、それは女同士の関係を生々しく冷酷なまでに客観的に描き出しているところです。
『傲慢と善良』にもそういうところはありましたが、本作の方がより生々しく感じました。
みずほとチエミは近所に住んで同じ小中学校に通っていた幼なじみですが、大人になってからは共通の友人を介した合コン仲間でもあります。
この合コンにおける女同士の関係がなかなかにエグい。
今風にいうとマウンティングというのでしょうか、決して純粋な友情のみで結ばれているわけではない女同士の複雑な友人関係がまざまざと描き出されています。
嫉妬や駆け引きや打算にまみれたみずほたちの関係は、私自身はそこまでドロドロしたものは経験がなくとも、でもこうした関係性が女同士の間にはあるということは実感としてよくわかるという、その生々しさが胸に突き刺さりました。
女同士の関係は、お互いに対する見方が時に辛辣になるのです。
学生時代の成績がよかったわけでもなく、新聞や本も読まず政治や経済といった世の中のことに疎いチエミを、みずほたちはどこか下に見ていて、一方でチエミの方も自分に向けられるみずほたちの視線を敏感に察していて嫌悪感を抱いている。
だけれどもお互い、そういった感情をむき出しにすることはなく、表面上は仲の良い友人関係を続けている。
こうしたことも、自分にも同じような経験があったのではと思えて、胸が抉られるような気分を味わいました。
さらに、チエミとその母親との、「仲が良すぎる」親子関係がこれまたエグい。
親の方も過保護なのだけれど、子どもの方もまた親に依存していて、何でも親に話してしまう。
一見、親子の仲が良いのはいいことのように思えますが、それも度を超すと気持ち悪いものになってしまい、その気持ち悪さとそれに対するみずほを含めた周りの人たちの反応の描写が絶妙で、これまたこの生々しさは実際にある、知っていると思わされました。
この気持ち悪いほどに仲が良い母子関係が事件の真相に、そしてみずほの母親との関係にもつながっていくのですが、母と娘という関係はなんと難しいことか……とうならずにはいられませんでした。


女同士の「仲の良さ」の裏にある、表面的に見ただけではわからない複雑なものの生々しい描写に圧倒されました。
事件の顛末にはどんでん返しもあって、ミステリ的な面白さもあります。
エグいし苦いし痛いし、暗くて重くて絶望的な物語なのだけれど、最後の最後にわずかに光が差し込む結末が印象的でした。
願わくばラストシーンの先に、みずほにとってもチエミにとっても希望ある未来が待っていると信じたいものです。
☆4つ。




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