tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『インフルエンス』近藤史恵

インフルエンス (文春文庫 こ 34-6)

インフルエンス (文春文庫 こ 34-6)


大阪郊外の巨大団地で育った小学生の友梨。同じ団地に住む里子が、家族内で性虐待を受けていたことを知り、衝撃を受ける。助けられなかったという自責の念を胸に抱えたまま中学生になった友梨は、都会的で美しい親友・真帆を守ろうとして、暴漢の男を刺してしまう。ところが何故か、翌日警察に連れて行かれたのは、あの里子だった。殺人事件、スクールカースト、子育て、孤独と希望、繋がり。お互いの関係を必死に隠して大人になった3人の女たちが過ごした20年、その入り組んだ秘密の関係の果てに彼女たちを待つものは何だったのか。大人になった三人の人生が交差した時、衝撃の真実が見えてくる。

作者の近藤史恵さんがドラマ化されることをツイートされているのを見て、興味を持った作品です。
ドラマはWOWOWを契約していないので見ていないのですが、この原作小説を読んで、なるほど映像化向きかもしれないなと思いました。
女性3人の関係性が印象的な、閉塞感漂うサスペンス作品です。


舞台は大阪のとある団地、時は1980年代くらいでしょうか。
校内暴力が問題になっていた頃の話なので、世代としては現在50代くらいの人が共感できるのではないかと思います。
私はよく知らない時代の話なのですが、学校という、通わないわけにはいかない場所で起こる暴力に、恐ろしさと無力さを感じました。
もっとも、描かれる暴力は校内暴力に限りません。
物語の序盤に登場する、主人公の友梨の友達・里子が祖父から受けている性的虐待も、立派な暴力でしょう。
虐待と校内暴力とでは種類も性質も異なりますが、日常のすぐ隣に暴力が存在しているという点、そしてその暴力を大人たちは解決よりも見て見ぬふりを決め込むという点、子どもたちが暴力に抗うすべを持たないという点では非常に似通っています。
舞台になっている団地は大規模なもので、団地内に書店があるほどですが、団地の子は団地の子同士で遊ぶという描写があり、大規模ではあるものの閉鎖的な場所だったのだろうと推測できます。
そして、学校という場所も、特に公立の小中学校は閉鎖的な環境といえるのではないでしょうか。
人間関係が狭く、そこから逃げ出せないような雰囲気を経験したことがある人は多いのではないかと思います。


その狭い世界で、暴力と隣り合わせの子ども時代を送った、友梨、里子、真帆という3人の女性たち。
暴力を受けそうになった真帆を守るために友梨が殺人を犯したことをきっかけに、友情という言葉では括りきれない、独特の絆と関係が生まれます。
その絆や関係が、決して3人にとって完全な救いにはなっていないというのが皮肉で切ないです。
なぜなら3人の関係の中心にあるのは「罪」だから。
罪によって結びつけられた少女たちは、やがて大人になってそれぞれの人生を送りながら、また糸が引っ張られるように新たな罪へ向かって結びついていくことになります。
友梨は書店に就職し、実家を離れて一人暮らしを始めるのですが、子どもの頃の狭い世界から広い世界へ飛び立っていったはずが、結局は狭い世界へ戻っていくような終盤の展開にはなんとも息が詰まるような感じがしました。
暴力に翻弄された子ども時代に反して、大学生になり社会人になった友梨は友達も増えて楽しく過ごしていただけに、理不尽な暴力から逃れるために犯すことになった罪に結局は縛り付けられる運命の残酷さにため息が出ます。
もちろん殺人は許されることではありません。
けれども、一方的な暴力を振るいながら、それを咎められさえせずに普通に日常を送った人もいる。
その強烈な理不尽さに、めまいがするようでした。


結末だけを見ると救いのない話のようでもありますが、3人の女性の関係性からは、女性同士の関係を描くフィクションにありがちな「女の敵は女」ではなく、生きづらい中をなんとか助け合い支え合おうというポジティブさも読み取れて、読後感はそれほど悪くはありませんでした。
彼女たちの関係は、人に褒められるようなものではなかったし、外から見ればいびつだったかもしれないけれど、本人たちにとっては少なくとも自分はひとりではないと感じることのできるシェルターだった。
最初から最後まで暗い雰囲気の本作の中で、それだけがただひとつの光であり救いでした。
☆4つ。