tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『フーガはユーガ』伊坂幸太郎


常盤優我は仙台市内のファミレスで一人の男に語り出す。
双子の弟・風我のこと、幸せでなかった子供時代のこと、そして、彼ら兄弟だけの、誕生日にだけ起きる不思議な現象、「アレ」のこと――。
ふたりは大切な人々と出会い、特別な能力を武器に、邪悪な存在に立ち向かおうとするが……。
文庫版あとがき収録。
本屋大賞ノミネート作品!

新年1冊目の読書は伊坂幸太郎さん。
好きな作家さんの作品で1年を始められるなんて、こんな幸せなことはありませんね。
けれども作品自体は幸せとはいかず、なんともほろ苦い物語でした。


主人公の常盤優我には、風我という双子の弟がいます。
彼らにはふたりだけの秘密がありました。
それは、1年に1回、彼らの誕生日に、2時間おきに瞬間移動で身体が入れ替わる不思議な現象が起こるということです。
ふたりの人間の入れ替わりといえばフィクションでは定番ネタと言っていいのではないかと思います。
ですが、大抵の場合、入れ替わるのは中身のみ。
身体はそのままで、意識が入れ替わるというのでしょうか、男の子と女の子の中身が入れ替わって……というものが多いようです。
優我と風我の場合は、身体ごと全部入れ替わってしまいます。
例えば優我が学校にいて、風我が家にいたとすると、ある決まった時間になった瞬間、ふたりのいる場所が入れ替わって優我は家に、風我は学校に移動するのです。
これは自分でコントロールできない瞬間移動というようなもので、便利なんだか不便なんだか、いまひとつよくわかりません。
優我と風我も戸惑いながら、毎年少しずつふたりでルールを決めていき、この特殊な現象を活用する方法をあれこれ考えます。
ちょっと変則的な特殊能力の描き方が伊坂さんらしいなと思いました。


そんな優我と風我の兄弟は、暴力を振るう父親と、子どものことを顧みない母親という、環境的には最悪の家庭で育ちました。
学校に行けばいじめを目撃し、風我に初めてできた彼女は叔父から虐待を受けておりーーと、自分たちだけではなく、周りにも他人から虐げられている人がいます。
そのたびに彼らは怒りを募らせ、自分たちに起こる特殊な現象を利用して被害者を救い出し、加害者に復讐しようとします。
そう、本作はいわゆるヒーローものを意識した構図になっています。
ただ、優我と風我は別に自分たちを正義だと思って悪と戦おうとしているのではありません。
単純に、他者を人とも思わず虐げて平気な顔をしている人間を見ると、子どもの頃に父親から受けた暴力を思い出して怒りが爆発するという、極めて個人的な理由から結果的に悪と戦っているに過ぎません。
だからなのか、彼らの戦いの行きつく先は、非常に厳しいものでした。
復讐などうまくはいかないということなのか、そう簡単に人生は逆転できないということなのか、いずれにしても厳しい現実を反映した結末を迎え、胸が痛みます。
けれどもまったく希望がないわけではない。
優我と風我は彼らだけの特殊な力を持ってはいたけれど、悪と戦う際に役に立ったのは、結局は自分たちの知恵でした。
つらい現実を生きる子どもたちに、その現実は自分の知恵を絞ることで少しでも変えることはできるのだと、そういう希望の光を見せようとする物語なのだと思います。


ユーモアあふれる軽妙な会話や、伏線の回収など、伊坂さんらしさもちゃんと感じられる作品でした。
けれども新年最初の読書には、もう少し明るくスカッとするような話が読みたかったような気もします。
読み終わってみると、タイトルの「フーガはユーガ」が効いてきますね。
双子は一心同体などと言われることがありますが、まさにそのとおりの結末でありタイトルでした。
☆4つ。