tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『アンマーとぼくら』有川ひろ

アンマーとぼくら (講談社文庫)

アンマーとぼくら (講談社文庫)


母の予定に付き合う約束で沖縄に里帰りしたリョウ。実の母は子供の頃に亡くなり、再婚してリョウを連れ沖縄に移り住んだ父ももういない。休暇は三日。家族の思い出の場所をめぐるうち、リョウは不思議な感覚にとらわれる。この三日が、恐らくタイムリミット。三日目が終わったら…終わったら、どうなる?

表紙の沖縄の海の写真が美しくて目を引きます。
有川さんといえばご出身地の高知、あるいは現在住んでおられる関西のイメージがあるので、沖縄が舞台とはちょっとイメージと合わないなと思いながら読み始めたのですが、これが見事な沖縄ガイドブックになっていました。


リョウという青年が、沖縄の「おかあさん」のもとへ3日間だけ里帰りするというお話です。
この「おかあさん」というすべてひらがなの表記がミソで、リョウにとってこのおかあさんは、父の再婚相手、つまり継母にあたります。
沖縄の観光ガイドをしているおかあさんが運転する車で思い出の場所をめぐりながら、リョウは子どもの頃のことを回想します。
回想については後で触れるとして、リョウとおかあさんが共に訪れる場所の数々がとても魅力的に描かれていて、風景を頭の中で思い描きながら、沖縄を訪れたかのような気分になりました。
私は沖縄には行ったことがありません。
風景の面でも食べ物の面でも、どちらかというと北海道の方に惹かれてしまう私ですが、作中で「竜の守る島」と表現される沖縄の美しさや、独自の信仰や精霊の息吹が感じられる土地と文化の魅力が存分に伝わってきて、読み終わったときにはすっかり沖縄のファンになっていました。
本土とは異なる独自の文化を持つ沖縄、一度自分でも体感してみたいです。
その時にはこの作品でリョウとおかあさんが訪れた場所を参考にして、神秘的な御嶽 (ウタキ) も、天候によって様々な表情を見せる海も、シーサー作り体験も (!?)、と具体的に行ってみたい場所ややってみたいことが一気に増えました。


一方、物語としては比較的オーソドックスな家族愛のお話になっています。
ただし、リョウの回想の中に登場するリョウのお父さんが、ちょっと普通ではありません。
お父さんはそこそこ名を知られた風景写真家ですが、リョウにとっては自分以上に子どもっぽい、少々厄介な父親です。
リョウの生みの母が亡くなるときも、その死を受け入れることを拒否するかのように家庭から距離を置き、仕事先の沖縄でおかあさんと出会ってベタ惚れしたのはいいものの、まだ亡くなった母親を忘れられずにいたリョウの気持ちを慮ることもなく自分の結婚を強引に推し進めてしまうという、父親としてそれはちょっとどうなのかと突っ込まずにはいられない困った人。
正直なところ、読んでいてイラっとしてしまう部分もありました。
けれどもどこか憎めないのです。
子どもっぽくて自分勝手なところもあるけれど、2人の女性に真剣に恋をして、生活の拠点もその人のもとへあっさり移してしまうところなど、女性としてはそこまで愛されたら幸せだろうなと思えますし、リョウに対してもまったく父親らしいところがないというわけではありません。
そんなお父さんを驚くべき包容力で受け入れて愛した2人の美しい母親はちょっとできすぎではないかとも思えますが、リョウのためにはこの2人のお母さんがいてよかったとホッとするところもありました。
子どもっぽいお父さんと、再婚したしっかり者のおかあさんと、リョウの3人が、不器用に、時にはぶつかりながらも家族になっていく過程が心に沁みます。


最後にはちょっと意外な展開もあり、ファンタジーめいた味付けは美しく神秘的な沖縄の風景によく合っていると思いました。
ベタな家族愛の物語にうるっとくるのは、私も年をとったということかな。
リョウと友達の金ちゃんとのエピソードにも心が温まりました。
リョウが幸せであるようにと願わずにはいられない、優しくて少し切ない物語です。
☆4つ。