tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ムーンナイト・ダイバー』天童荒太


震災から四年半が経った地で、深夜に海に潜り、被災者たちの遺留品を回収するダイバーがいた。男の名前は瀬奈舟作。金品が目当てではなく、大切な家族や恋人を亡くした人々のために、ボランティアに近い形で行なっている。ただし、無用なトラブルを避けるため、ダイバーと遺族が直接連絡を取り合うことは禁じられていた。
ある日、舟作の前に透子という美しい女性が現れる。彼女も遺族の一人だったが、なぜか亡くなった自分の夫の遺品を探さないでほしい、と言う――。

東日本大震災から4年半が過ぎ、原発事故の警戒区域内の海に潜って、被災地の「在りし日の記憶」を拾い集めるダイバー・舟作 (しゅうさく) を描く作品です。
『悼む人』を思い起こさせるような、生と死にまっすぐ向き合う物語でした。


序盤は、舟作が海に潜る理由がよくわからず、不思議でした。
放射能の影響があるかもしれない、危険な海にわざわざ潜るのはなぜ?と。
その理由は物語が進むにつれて徐々に明かされていきます。
舟作は自分で思いついて海に潜っているのではありません。
規模の大きな災害だったので、大切な人たちを失った、あるいは行方不明のままになっているという被災者はたくさんいますが、その中でも福島第一原発の近くに住んでいた人たちは、津波の後、行方不明の人たちを探しに行く猶予さえなく緊急避難しなければなりませんでした。
時が過ぎても、警戒区域内には戻れず、不明者を探しに行くことも、遺留品を探しに行くこともできない。
そのような状況で、陸から行くことが不可能なら、海から探しに行けないか?と考えた人がいて、その人の依頼により舟作は海に潜って遺留品を探すようになったのです。
舟作自身も肉親を震災で失っています。
だから他人ごとではなかったのでしょう。
それでも警戒区域内の海に潜るというのは非常に危険なことです。
健康上のリスクがあるだけでなく、侵入が禁止されている場所に入るのですから、もし誰かに見つかれば怒られるどころの話ではありません。
それでも舟作がこの仕事を引き受けたのは、警戒区域内に住んでいた被災者たちの切実な願いに応えたいという気持ちももちろんあるのでしょうが、自分自身があの未曾有の災害後の気持ちの整理をつけたかったというのが大きいのだろうなと思いました。


海の底に沈んだ被災者の持ち物を探し出すというのは、ある意味とても残酷な行為です。
肉親との思い出の品が見つかれば喜ぶ人がいる一方で、行方不明のままの人がもう永遠に帰ってこないという事実を突きつけることにもなるからです。
生存をあきらめてはいても、死を認めたくない、向き合いたくないという思いはあって当然でしょう。
夫の結婚指輪を探さないでほしいと言って舟作を困惑させる、ジュエリーデザイナーの透子の悲痛が心に重く響きます。
そんな彼女の頼みに対して、舟作が出した答えからは、舟作の透子へのいたわりと誠実さと祈りが感じられました。
そしてそれはそのまま作者自身が被災地の人々に抱いている思いなのだとも感じられ、強く胸を打たれました。
さらに、震災後の気持ちの整理がついていないのは、被災者ではない多くの日本人も同じなのではないかと気づかされるのです。
あの日テレビで見た信じられない光景、原発事故に感じた恐怖、そして、今もまだ行方不明のままの人がたくさんいて、人が住めないままの場所があって、原発で作業している人たちがいること――。
まだ「終わっていない」というのが現実で、もうすぐ丸8年が経つ今でも、過去のこととして語るにはいまだ抵抗感が強くあります。
さらにはいつ「終わる」のかもわからないのです。
自分が生きているうちに、廃炉作業の完了も含めた原発事故の完全な終息を見届けることができるのかすら、わからない。
そんな中途半端で落ち着かない心をなんとかなだめたくて、気持ちの落としどころを見つけたくて、私は震災をテーマにした本を毎年のように読まずにはいられないんだと、この作品のおかげでようやく理解できたように思いました。


実際に被災地に何度も足を運んだ作者だからこそ描ける、真摯な祈りが込められた物語でした。
悲しみの先にある希望の光もしっかり感じることができ、穏やかな気持ちで読み終えることができたのがよかったです。
それにしても舟作はモテモテですね。
男性はうらやましく感じるのではないでしょうか。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp
tonton.hatenablog.jp