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『コロッサスの鉤爪』貴志祐介

コロッサスの鉤爪 (角川文庫)

コロッサスの鉤爪 (角川文庫)


何者かに海中深くへ引きずり込まれた元ダイバー。無残な遺体には鉤爪で付けられたかのような不審な傷が残されていた。現場は、ソナーで監視され、誰も近づけないはずの“音の密室”。事件の調査依頼を引き受けた、防犯コンサルタント (本職は泥棒!?) の榎本と弁護士の純子は、大海原に隠された謎に挑む! (「コロッサスの鉤爪」)。表題作ほか計2編収録。『ミステリークロック』と2冊で贈る、防犯探偵・榎本シリーズ第4弾。

『ミステリークロック』と同時刊行のこちらにも、もちろん密室殺人ネタの2編が収録されています。
榎本と純子の迷コンビぶりも相変わらずで、本格ミステリとユーモアミステリという2つの側面を存分に楽しめました。


収録作ひとつ目は、「鏡の国の殺人」。
タイトルで「鏡の国のアリス」を連想しますが、ある美術館で「鏡の国のアリス」をモチーフにしたトリックアート作品の展示が行われることになり、その作品展の準備中だった美術館内で殺人事件が起こったという設定から来ています。
冒頭、深夜の美術館に榎本が忍び込む場面から始まるのですが、今まで匂わされている程度だった榎本の「本業は泥棒」説、ついに真実で確定か!とのっけからそわそわしてしまいました。
真相は実際に作品を読んで確認していただきたいですが、榎本の侵入技術の巧みさには思わず感心してしまいます。
そして、肝心の密室殺人事件の方ですが、トリックアートが謎解きのポイントになっているにもかかわらず、それが図解などはなく文章で読んで理解するしかないので、どうしても直感的にわかりにくいのが残念でした。
これは映像で見たかったなあと思っていたら、ドラマ版でこの話をほぼそのままやっていたそうで、映像化が前提で書かれた作品であるためにわかりにくくなってしまったのかもしれません。
「アリス」ネタの数々はどれも面白くて、特に純子が事件解決にあたって協力依頼するルイス・キャロル研究者・萵苣値功 (ちしゃねこう) という人物の外見やしゃべり方には「アリス」のキャラクターたちの特徴がふんだんに盛り込まれていて、笑わずにはいられませんでした。
純子の周りは濃い人物ばかりですね。


収録作ふたつ目は、表題作の「コロッサスの鉤爪」です。
この作品の面白いところは、事件の現場が海上であるということ。
海なんて広々とした開けたところが事実上の密室になってしまうという意外性に驚かされます。
密室とは何も鍵がかかっていて密閉された場所に限った話ではなく、外部からアクセス不可能という状況が成立すれば密室になるのだという話に、目からうろこが落ちました。
いつもどこかの建物の中にいる印象が強い榎本と純子が、リゾートファッションに身を包み美しい海を舞台に事件の調査をするというシチュエーションも非常に新鮮で、シリーズ途中にこういう雰囲気の異なる作品が登場するのはマンネリ化の防止という意味でもとてもいいと思います。
さらに、今回の事件では密室だけではなく殺害方法も謎解きのポイントになっています。
事件の被害者の遺体には、海洋生物がつけたと思しき傷があったのです。
そこで榎本が披露するのがサメに関する蘊蓄なのですが、榎本に海洋生物好きの一面があったとは……と少し驚かされました。
元からオタクっぽいところはありましたが、知識の幅が広い上に深くて、なんとも底の知れない人物だという印象がますます強くなります。
トリックについては少々あっさり解かれてしまった感じはしましたが、水中の気圧差や海中で働く潜水士たちの仕事ぶりなど、興味深い話が多くて読み応えたっぷりです。
タイトルにある「コロッサスの鉤爪」が示すものも、なかなか意外な正体で思わぬ知識が増えました。


相変わらずトリックが一読して理解しづらいという難点はあるものの、密室のバリエーションの豊かさに感心させられます。
蘊蓄もたっぷりでかなり入念な取材が必要なシリーズだと思うので、そうそう短期間に多くの作品は書けないかもしれませんが、また榎本と純子の凸凹コンビに会えるとうれしいです。
☆4つ。




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