tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『仙台ぐらし』伊坂幸太郎

※Amazonで取り扱いのない商品のため、今回は書影なしです。


伊坂幸太郎さんが仙台の出版社「荒蝦夷」が発行する「仙台学」という雑誌に連載されていたエッセイをまとめた本です。
本当は2011年6月に刊行予定だったそうですが、東日本大震災により出版社も被災し、1年近く経ってようやく発売されました。
発売延期にあたって、震災のことを書いたエッセイを何点か追加し、書き下ろしの短編小説「ブックモビール a bookmobile」も新たに収録しています。


前半は本のタイトルどおり、伊坂さんの仙台での作家生活について、さまざまな切り口から書かれています。
小説とさほど変わらない、いつもの伊坂節で、タクシーのこと、猫のこと、街中で出会う見知らぬ変な人のこと、心配性のご自分のこと…などを軽快に飄々と語られていて、思わずくすっと笑ってしまう部分もありました。
冒頭の「タクシーが多すぎる」は伊坂さんとタクシー運転手の会話が面白い…と思って読んでいたら、なんと作り話も混じっているのだとか。
どの部分が作り話なのか、想像しながら読んでみるのも面白そうです。
「映画化が多すぎる」は『ゴールデンスランバー』をはじめとするご自分の作品の映画化について書かれていて、原作の方も映画の方も楽しんだ私としては、伊坂さんの映画化に対する思いが読めてうれしかったです。
そして、全体を通して感じたのは、伊坂さんが心配性なのは、想像力がありすぎるからなんじゃないのかなぁということ。
カカシがしゃべったり殺されたり、というような一風変わった物語の発想は、伊坂さんの想像力の豊かさから来ているんだろうなと改めて思いました。
想像力がたくましくて、しかも悪いほうにばかり想像力が及んでしまって、結果大げさと思えるほど不安に怯えることになる伊坂さんの人柄がとても好きです。


そんな心配性の伊坂さんが「いつか来る」と言われていた宮城沖地震について怯える文章が、震災の1年前に書かれているのが興味深いです。
伊坂さんはあとがきで「能天気」と書かれていますが、きっと誰もがその頃はのんきに地震の噂に怯えていられたのでしょう。
実際に震災が起こってしまった後の今となっては、もちろん能天気にも感じられますが、そんなふうに感じるようになってしまったこと自体が、少し切ないです。
震災後に書かれた文章には、伊坂さんが体験された揺れのこと、震災直後の仙台の様子なども書かれています。
心配性で繊細な伊坂さんが、被災者と呼べるほどの実害は受けていなくとも、心に大きな衝撃を受け、つらい日々を乗り越えてこられたのだということがひしひしと伝わってきます。
その伊坂さんの一見淡々と綴られた文章の裏にある気持ちを思うと泣けてきましたが、読み終わった後にはなんだか希望が湧いてくるような、心が晴れ晴れとするような気持ちになっていました。
「面白い話を書いていきたい」という伊坂さんの言葉が何よりうれしかったです。
どうしようもなく変わってしまって、失われてしまって、もう元に戻ったり返ってきたりすることはないものがたくさんある中で、変わらないものも確かにある―「これからも伊坂さんの面白い小説が読める」ということは、何よりの希望であり励ましになるのではないでしょうか。
つらい時期を経て、それでも今までと同じように小説を書いていこうという前向きな伊坂さんの姿勢に心を打たれました。


書き下ろし短編小説「ブックモビール」は、震災後の石巻を舞台にした移動図書館の話で、原発事故のことにも触れられていますが、震災や原発事故そのものについてどうこう論じる作品ではありません。
それらは小説のモチーフに過ぎず、伊坂さんが書きたいもの、書こうとしているものは、きっと震災前とそんなに変わってはいないんだなと思えました。
もちろん、震災について書くのも書かないのも、どちらが正しいとは言えませんが、伊坂さんには元気な仙台の姿が伝わるような作品を書き続けてほしいと個人的に願っていたので、その願いに応えてくれたような気がしてうれしかったです。
これからも伊坂さんの書く「面白い話」をたくさん読めることを、心から楽しみにしています。