tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『静人日記 悼む人II』天童荒太

静人日記 悼む人II (文春文庫)

静人日記 悼む人II (文春文庫)


見知らぬ死者を悼み、全国を放浪する坂築静人。時には拒絶され、理不尽な暴力さえ受けながら、静人の悼みは人々の心に様々な波紋を広げていく。やがて静人に、ある女性との運命的な出会いが訪れる―。毎夜、著者は“静人”となり、心にわきたつものを“日記”に書きとめた。直木賞受賞作『悼む人』の続篇にして序章。

天童さんの直木賞受賞作『悼む人』の続編。
続編ではありますが、時系列的には『悼む人』より前に当たるのでしょうか。
今回は静人が悼みの旅をつづる日記という形式を取っており、文体も視点も『悼む人』とは異なるのですが、雰囲気は同じでした。
見知らぬ死者を悼んで全国を巡るという、万人には理解されないだろうちょっと「変わっている」ともいえる静人の旅の様子とその心情が、静人自身の言葉で丁寧につづられています。


『悼む人』を読んだときには、楽しいわけでもない、むしろ苦行か修行に近いような静人の旅と「悼む」という行為に、奇妙に感じるような、でもちょっと共感できるところもあるような、不思議な気持ちを抱いたものでしたが、この『静人日記』を読んでもその印象はほとんど同じでした。
静人の「悼み」に対する思いは、本人にさえもよく分かっておらず、他人にどう説明していいか迷っているところがあり、彼自身がこの旅の果てに何を見出そうとしているのか、いやそもそもどこまで行けばこの旅は終着に行きつくのかということさえ謎のままです。
死者を区別せず、どんな人に対してであろうと等しく悼むことができるのかと、自分自身に問いかけながら、それでも「悼みたい」「一人でも多くの名もなき死者の在りし日の姿を胸に刻みたい」というその思いだけで、静人は毎日毎日、誰かが亡くなった現場を訪れ続けます。
その様子を落ち着いた文体で日々ただただ書き留めているというだけなのに、全く飽きずに読み通せたのは、静人が悼んだ死者のことを詳しく丁寧に、想いを込めて描いているからなのだろうと思います。
特にこれといった実績を挙げたわけでもない、どこにでもいそうな平凡な人物でも、掘り下げれば人ひとりの人生にはやはりドラマがあり、そのどれもがその人にしかない唯一無二の物語であり、それこそが人の生命の貴さなのではないかと感じられました。


旅の途中には、静人はもちろん悼むべき死者だけではなく、今を生きているさまざまな人々と出会います。
いい人ばかりではなく、中には静人に対して攻撃的な態度を取る人もいますが、どんな人に対しても好き嫌いの感情をあまり記していないところに、静人の人となりと、悼みの旅の中で静人が得ているものとが透けて見えるような気がしました。
もちろん人間にはどうしても好き嫌いの感情はつきまといます。
静人も例外ではないと思われますが、たくさんの死者を悼み、その過程で出会ったもっとたくさんの生きている人たちと言葉を交わしたり、時には泊まる場所を提供してもらったりする中で、人にはいろんな人がいるけれども、どんな人であろうとも人間は愛し愛され、周囲の人々と交わりながら生きる存在なのだということを深く理解しているからこそ、人をフラットに見ることができるのだろうと思いました。


巻末には、作者自身が静人となって、東日本大震災の被災地を訪れた際の記録が収められています。
本編同様に丁寧に描写され、亡くなった方々に対する真摯で誠実な祈りが込められた文章に、思わず涙しました。
「死を悼む」ということの意味を問いかける重いテーマを持った作品ですが、非常に読みやすく、それでいて確実に心の奥深くに何かを残してくれます。
☆5つ。