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『暗い夜、星を数えて 3・11被災鉄道からの脱出』彩瀬まる

暗い夜、星を数えて: 3・11被災鉄道からの脱出 (新潮文庫 あ 83-2)

暗い夜、星を数えて: 3・11被災鉄道からの脱出 (新潮文庫 あ 83-2)


遺書は書けなかった。いやだった。どうしても、どうしても――。あの日福島県に向かう常磐線で、作家は東日本大震災に遭う。攪拌されるような暴力的な揺れ、みるみる迫る黒い津波。自分の死を確かに意識したその夜、町は跡形もなく消え、恐ろしいほど繊細な星空だけが残っていた。地元の人々と支え合った極限の5日間、後に再訪した現地で見て感じたすべてを映し出す、渾身のルポルタージュ

いつもはノンフィクション作品は読んでも感想を書かないことの方が多いのですが、今回この作品については、先日読んだ『やがて海へと届く』と関連があるということ、強く感情を揺さぶられる内容だったということを鑑みて、感想を書き残しておこうと思いました。


小説家デビューを控えた著者の彩瀬さんは、旅先の福島県を走る鉄道の列車内で東日本大震災に遭遇しました。
被災してからなんとか埼玉の自宅へ帰りつくまでの数日間を克明に描いた第一章、震災から3か月後の2011年6月に福島県内でボランティア活動をした経験を記した第二章、さらに5か月が過ぎた2011年11月に再訪した福島の様子をつづる第三章の、3つのパートに分かれています。


第一章は、ただひたすらに怖くて読むのがつらかったです。
経験したことのないような大きな揺れ、自分に向かって迫りくる真っ黒な津波、暗くて寒い避難所で直面する原発事故のニュースと放射能という見えない恐怖――。
これらが連続して、情け容赦なく襲ってくるのですから、どんなに恐ろしい体験だったろうかと背筋が寒くなります。
当時、テレビで被災地の映像を見て、「この世の地獄だ」と思ったものですが、そう感じたのは間違っていなかったのだなと思いました。
さすが小説家だけあって表現力が豊かで、恐怖感がリアルに迫ってくるのです。
悲しいとか切ないとか感動とかではなく、怖くて涙が出てくる、そういう文章でした。


第二章、第三章では、福島の地元の人たちの生々しい本音を読むことができます。
地震の揺れや津波による被害だけではなく、原発事故の影響とも向き合わなければならない福島の人たちの声というのは、日本全国の、いや世界中の人々に届けなければならないものだと思いますが、なかなか届いていないというのが現実だと思います。
放射能について正確で詳細な情報が何より必要なのにそれが提供されなかったこと、そのために政府を信用できないと思い、見捨てられたと感じた人々が大勢いたのは当然のことですし、私たち日本国民はその事実に真摯に向き合わなければならないと思いますが、果たして十分に向き合って来れたでしょうか。
そんな中で、放射能の影響を恐れて遠くへ避難した人もいれば、福島に残ることを選んだ人もいる。
どちらの選択も、正しいとも間違っているともいえないものでしょうし、どちらを選んでもきっと葛藤はあるでしょう。
小さい子どもがいるとか、自由に動けないお年寄りを抱えているとか、放り出せない仕事があるとか、それぞれの事情があって、その事情のために不本意な選択をせざるを得ない人も多いはずです。
自分だったらどうするのだろう、どうなるのだろうと考えようとしても、原発が近くにない場所に住んでいる身としてはなかなか具体的にイメージがしづらく、もどかしさと情けなさと、少しの罪悪感のようなものを感じました。


3つの章を通して印象的なのは、「人」です。
被災したまさにその直後に彩瀬さんが出会った人々はみなとても親切で、死を意識するほどの極限状態でも助け合いいたわり合って、必死に生き抜いていました。
避難生活で彩瀬さんがお世話になった地元の人が、自宅への帰路に着く彩瀬さんに、「恩なんて考えないで、むこうに帰ったら、こっちのことはきれいさっぱり忘れていいよ。しんどい記憶ばかりで、思い出すのも辛いでしょう」という言葉をかけるのですが、これには胸を衝かれました。
被災地に住む人は「忘れられたくない」ものだと思っていたのに、「忘れていい」と言えるなんて。
しかもこの発言は震災4日後、まだまだ先行きがどうなるかわからず、混乱のさなかにあった時期の言葉なのです。
なんて強くて、優しい人なのだろうと、感じ入りました。
他にも彩瀬さんが福島で出会う人たちは概していい人たちで、震災後さかんに言われた「人の絆」の大切さやありがたみを感じさせるエピソードがたくさん書かれていますが、その一方で、福島の人たちに対して心無い言動をする人たちのことも書かれています。
あまりにひどい言葉と行為に憤りを禁じ得ませんでしたが、そうした人たちに対する彩瀬さんの見方にはハッとさせられました。
いわく、みんな前例のない原発事故に恐怖を感じているのは同じだと。
その恐怖を、他者への攻撃に転嫁しなければやっていけない人もいる、そういうことなのだろうと。
攻撃して許されるものではないでしょうが、それでも攻撃する人たちを理解しようとする彩瀬さんの姿勢に感銘を受け、私も見習いたいと思いました。


あとがきを除くと150ページほどの薄い本ですが、中身は非常に濃く詰まった1冊でした。
この体験があったから『やがて海へと届く』のあの場面が書かれたのだろうなとわかったようなところもあり、小説とルポ、どちらも読めて本当によかったと思います。
震災の記憶は少しずつ遠くなっていきますが、こうして体験をつづった本はきっと後世にも残っていくことでしょう。
つらい記憶を掘り起こして貴重な体験談を書いてくださって、ありがとうございますという感謝の気持ちです。
ぜひ、多くの人に読まれて欲しいと思います。


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