tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『往復書簡』湊かなえ

往復書簡 (幻冬舎文庫)

往復書簡 (幻冬舎文庫)


高校教師の敦史は、小学校時代の恩師の依頼で、彼女のかつての教え子六人に会いに行く。六人と先生は二十年前の不幸な事故で繋がっていた。それぞれの空白を手紙で報告する敦史だったが、六人目となかなか会う事ができない(「二十年後の宿題」)。過去の「事件」の真相が、手紙のやりとりで明かされる。感動と驚きに満ちた、書簡形式の連作ミステリ。

湊かなえさんの作品は、個人的には「ものすごくいい!」とは思えないし、読後感も悪いものが多いのですが、それでも気になって次の作品を手に取ってしまいます。
それはやはり、文章が読みやすくて、少しずつ真実を明かしていく手法も巧くて、ページをめくらせる力をしっかり持っている作家さんだからでしょう。
読後の感想がどうであれ、「読む」という行為を楽しませてくれる作品は良作だと、私は思います。


ただ、この『往復書簡』に関して言うと、これまでに読んできた湊作品に描かれていたどす黒い悪意や、どんな人間の心にも潜む残酷さなどはあまり感じられず、読後感も悪くありませんでした。
収録されている3つ(4つ?)の作品のうち、「二十年後の宿題」と「十五年後の補習」に至っては、途中の展開にこそ人の悪意(とまではいかなくても、ネガティブな感情)は感じられましたが、ラストはハッピーエンドといえるもので、気分よく読み終えることができたほどでした。
毒気がなくなった分、ストーリーのインパクトは薄れてしまったかもしれません。
収録されている作品はどれも、手紙のやり取りを通して過去の事故や事件の真相を明かしていくというものですが、ミステリとして大きな仕掛けや伏線が隠されているわけでもなく、そういう意味でも『告白』などと比べると薄味になって物足りなく感じる人も少なくないだろうと思われます。
ですが、私個人としては、この短編集の雰囲気は好ましく感じました。
『告白』にしろ『少女』にしろ、作者の小説家としての巧さに感嘆はしたものの、やはり読んでいて気持ちいいと思えるストーリーではなかったからです。
ブラックな話や救いのない話も嫌いなわけではありませんが、やはり温かみの感じられる話の方が私は好きだなと再確認しました。


先にも述べたとおり、『往復書簡』は3つの短編(というよりは中編と言ってもいいかもしれません)とボーナストラック的な超短編が1つの合計4つの話で構成されています。
連作短編集という紹介をされていますが、それぞれの話のつながりはごく薄く、気を付けて読んでいなければ気づかないかもしれないくらいのものです。
最初の「十年後の卒業文集」は、悦子という海外在住の主人公が、高校の放送部の仲間たちとメンバーの結婚式を機に再会し、過去に起こったある出来事の真相を知りたいとメンバーたちに手紙を出すという話です。
この作品が一番ラストの驚きが大きかったです。
なんとなくかみ合わない手紙のやり取りにずっと違和感を感じながら読んでいましたが、最後のある人物の手紙で種明かしされて、なるほどそういうことだったのかとすべて腑に落ちました。
一番ミステリらしい展開だったかもしれません。


2番目の「二十年後の宿題」は、退職する小学校の女性教師が、過去のある事故に関わった6人の児童たちが現在幸せに暮らしているかどうかを調べてほしいと、別の教え子に依頼する話。
これはラストのどんでん返し(といってもそれほど大きな驚きはありませんでしたが)が優しいハッピーエンドにつながっているのがよかったと思います。
受け持ちの子どもたちの教育に一生懸命だった先生の、長い時が経っても変わらない教え子たちへの愛情にじんわりと感動しました。


3番目の「十五年後の補習」は、海外ボランティアで発展途上国に2年間赴任する男性とその恋人の女性との手紙のやり取りです。
この話が一番「手紙のやり取り」という設定が自然で、うまくいかせていると思いました。
遠距離恋愛のカップルが交わす手紙は、最初はラブレターらしい気恥ずかしい言葉や相手を思いやる文章が多いものの、だんだん過去のある事件についての話に変わっていき、深刻さを増していってハラハラとさせられます。
ですがこれもラストは気持ちよく読み終えることができました。


3作に共通して感じたのは、過去に向き合うことの大切さでしょうか。
つらい過去があったとして、その過去に目を背けてまるでなかったかのように過ごすことは可能でも、それでは築けない人間関係があると感じました。
特に恋人や夫婦という間柄では、相手の過去も罪もまるごと受け入れられる包容力が必要なのだろうなと思いました。
人の過去の傷や罪に触れながらも、それを乗り越える希望を感じることのできる作品でよかったです。
☆4つ。