tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『サファイア』湊かなえ

サファイア (ハルキ文庫 み 10-1)

サファイア (ハルキ文庫 み 10-1)


あなたの「恩」は、一度も忘れたことがなかった―「二十歳の誕生日プレゼントには、指輪が欲しいな」。わたしは恋人に人生初のおねだりをした…(「サファイア」より)。林田万砂子(五十歳・主婦)は子ども用歯磨き粉の「ムーンラビットイチゴ味」がいかに素晴らしいかを、わたしに得々と話し始めたが…(「真珠」より)。人間の摩訶不思議で切ない出逢いと別れを、己の罪悪と愛と夢を描いた傑作短篇集。

7つの宝石をモチーフに紡がれる短編集です。
宝石そのものが登場する話もあれば、比喩的に宝石の名前が使われるだけの話もありますが、いずれにしてもそれぞれの宝石が物語の中で印象的な役割を持っています。


湊かなえさんというと、人間の悪意や醜い部分を描き出す作家というイメージが強く、それは確かにその通りで、後味の悪い作品も少なくはないのですが、最近は希望が感じられる作品も増えてきたなぁと思います。
この短編集でも、7編のうち「ムーンストーン」や「ガーネット」はホッとするような読後感を味わえました。
どちらも人生に大きな影響をもたらす悲劇に見舞われた女性を描いているのですが、世の中には悪意のある人ばかりじゃなく、自分を助けてくれる人も存在するし、自分がしたことが後で自分自身を救ってくれることもあるのだと感じさせてくれます。
どうしても湊さんはデビュー作の『告白』の印象が強いですが、少しずつその印象も変わってきています。
相変わらずストーリー展開が甘くないというか、人間の描き方に厳しさを感じますが、湊さんが描く人間の側面はどんな人でも多かれ少なかれ持ち合わせているものです。
だからこそ心に深く突き刺さって痛いと感じることもありますが、物語を通じて自分自身を省みることができるのは、小説を読む醍醐味のひとつだと思います。


私がいちばん印象に残ったのは、最後に収録されている「ガーネット」でした。
この作品は表題作「サファイア」の続編となっています。
「サファイア」も何とも言えず切なく哀しい物語でとても印象的でしたが、「ガーネット」は冒頭からドキリとさせられました。
冒頭に書かれている女性作家のことが、湊さん自身のことを描いているのではないかと思えたからです。
読者の反応というのが、好意的なものばかりならよいですが、厳しい批判ももちろんあるでしょうし、中には悪意をぶつけられることもあるでしょう。
昔なら出版社に届く手紙だけだったかもしれませんが、今はインターネットで誰でも気軽に匿名で本の感想を公開できる時代です。
そういうものは一切見ないようにするというのもひとつの手段ではありますが、完全に視界に入らないようにするのも難しいのではないかとも思います。
この作品の中では最後に読者からの手紙によって、過去に囚われていた作家の心が救われる瞬間が描かれており、なんだか私も救われたような気持ちになりました。
1冊の本によって作者も読者も救われるようなことは、きっとあるのだと思います。


他には、ファンタジー風味の「ダイヤモンド」もこれまでの湊さんの作品と少し違った雰囲気で、とても面白く読みました。
どの短編も長すぎず短すぎず程よいボリュームで、誰にでも読みやすいと思います。
ミステリ的な手法が使われている話もありますが、ミステリ色は弱め。
湊さんの作品は読後感がよくないと思っている人にこそお勧めしたい短編集です。
☆4つ。