tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『冬虫夏草』梨木香歩

冬虫夏草 (新潮文庫)

冬虫夏草 (新潮文庫)


亡き友の家を守る物書き、綿貫征四郎。姿を消した忠犬ゴローを探すため、鈴鹿の山中へ旅に出た彼は、道道で印象深い邂逅を経験する。河童の少年。秋の花実。異郷から来た老女。天狗。お産で命を落とした若妻。荘厳な滝。赤竜の化身。宿を営むイワナの夫婦。人間と精たちとがともに暮らす清澄な山で、果たして再びゴローに会えるのか。『家守綺譚』の主人公による、ささやかで豊饒な冒険譚。

『家守綺譚』の続編がついに文庫化されました。
実に10年ぶりの新作が読めたことにまずは感謝です。
変わらぬその独特の世界観と文章の美しさに、ひたすら感激しながら読みました。


舞台は100年ほど前の京都なのですが、ファンタジー要素があり、人ならぬものが普通に登場します。
河童に天狗に竜に、と想像上の生き物が続々登場するのですが、だからといって非現実的な雰囲気や荒唐無稽さといったものは全く感じられず、人間が住む現実の世界に無理なくそうした生き物が同居しているという感覚なのです。
現代を舞台にした物語ではないから違和感なくそうした世界観が受け入れられるのかな、などと考えながら読んでいて、それだけではないと気づきました。
この作品にはたくさんの「いのち」が描かれています。
人間はもちろんのこと、動物も植物も生き生きと、生命力を漲らせているさまがたっぷりと描かれているのです。
そんないのちあふれる豊饒な世界だからこそ、想像上の生き物ですら当たり前のように存在させることのできる包容力を持つのでしょう。
主人公の綿貫征四郎という作家の目線は、人間はもちろん、動物も鳥も虫も木々も花々も、河童も天狗も竜も、すべてのいのちに平等に注がれます。
そこに上下関係はなく、ただただ同じ世界に一緒に存在するものとして描かれている。
一切のいのちを差別も区別もしないからこそ、この物語はあたたかくて優しくて心地いいのだと思いました。


さて、前作の『家守綺譚』は綿貫の身辺雑記帳という雰囲気の物語でしたが、今作での綿貫は旅に出て活発に移動しています。
今とは違って自分の脚が頼りの旅なので、それほど遠い場所へ行けるわけではありませんが、行く先々の土地で出会う人、風景、食べ物がどれも魅力的で、しっかり旅情が味わえる旅行記として楽しめるのです。
綿貫の旅の目的は、行方不明になった飼い犬のゴローを探すことなのですが、それだけではなく話に聞いた「イワナの夫婦が営む宿屋」も探したりしています。
ゴローのことが気になりつつも寄り道をしたり時には滞在地の人からの頼まれごとをこなしたりと、綿貫自身も旅を楽しんでいる様子が伝わってきて、こちらもほのぼの楽しい気持ちになってきます。
ついついずっと綿貫と一緒に旅をしていたいなどと思ってしまいますが、もちろん物語には終わりがあります。
その旅の終わりの場面がまた、あたたかくて優しくて、ちょっと泣かされてしまいました。
ゴローの忠犬っぷりも、犬好きの私にはたまらなく愛おしく思えました。
人と動物の絆というものはよいものですね。


『家守綺譚』だけでなく、『村田エフェンディ滞土録』とのつながりもあって、両作品のファンにとってはたまらない作品でした。
300ページ弱で長編としては短めながら、読み終わった時には心地よい満足感に浸ることができました。
ぜひさらなる続編も期待したいところです。
☆5つ。


●関連過去記事●
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Mr.Children DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanksgiving 25 @ナゴヤドーム (6/10)

*曲名のネタバレはありません。


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今年でデビュー25周年を迎えたMr.Children
それを記念して開催された、「感謝祭」と銘打たれたツアーの初日公演に参加してきました。


25周年記念ツアーであり、直前に配信限定とはいえベストアルバムが発売されたわけですから、当然期待するのはシングル曲満載の豪華セットリスト、そしてそれに彩りを加える華やかな演出。
もちろんどちらの期待も裏切られることはありませんでした。
オープニングの映像からもう込み上げるものがありましたが、同じような人は多かったのではないでしょうか。
次々に演奏される、懐かしい曲の数々に、涙と笑みがあふれます。
桜井さんが何度か「もうお腹いっぱいでしょ?ここで帰ってもいいくらいだよ」と言うくらいにヒット曲連発で、歌詞も覚えている曲ばかりで全曲一緒に歌ってしまいそうでした。


特に私のようなアラフォー世代にとっては、たまらない選曲だったと思います。
ミスチルが一番売れていた時代は1990年代で、それはJ-POP全盛期と重なります。
そして、その時代に中学・高校・大学の青春時代を過ごしたのが私たちの世代なのです。
この世代はロスジェネだの氷河期世代だのとも呼ばれ、あまりいい目に遭っていないと言われがちな世代です。
けれども、J-POP全盛期のミリオンヒット曲を聴けば、即座にたくさんの思い出がよみがえってくる。
楽しい時間をさらに盛り上げてくれた音楽、辛い時に励まし、背中を押してくれた音楽――。
そしてそうした音楽の思い出を、同世代の人たちと共有できるということ。
10代~20代前半をミスチルをはじめとするJ-POPアーティストたちの大ヒット曲と共に過ごせたということはどんなに幸せなことだったかと、改めてミスチルに思い知らされたような気がしました。


シングル曲ばかりではなく、合間に演奏されるちょっとマイナーな曲もまたよいアクセントになっていました。
まさかこれをやるとは……というような意外な曲もあり、単なるベストアルバムライブではないひねりが効いていて、新しいファンから古参のファン、ライトなファンからマニアックなファンまで、全てのファンが楽しめるようにと工夫された構成が素晴らしいと思いました。
また、今回は管弦楽器がサポートメンバーに入っていたため、音に厚みがあったのがとてもよかったです。
ここ最近はミスチルの4人+1人か2人のサポートメンバーというシンプルなバンド構成だったのですが、やはりサックスやトランペット、バイオリンやチェロなどの生音があるのとないのとでは、迫力と深みが全く違うと感じました。
映像や特効といった演出も凝ってはいましたが、主役はあくまでも音楽で、豪華な曲の数々を最高の音で届けようというメンバーたちの気持ちが伝わりました。
この日はツアー初日ということもあり、桜井さんが曲の入りを間違えたり、ステージの他の場所に移動する時にマイクを持っていくのを忘れたりなど、ちょっとドタバタ感もありましたが、それもライブの醍醐味。
CDでもテレビでも味わえない、ライブならではの空気感に酔いしれた3時間半の公演でした。


この日は注釈付指定席での参加だったため、一部見えづらい演出もありました。
8月に行われる長居スタジアムでの公演にも参加する予定なので、内容は同じでもまた違った見方ができたらいいなと期待しています。
座席位置や周りのお客さんなど、参加する日の状況によって印象が変わる、だからライブ参戦はやめられません。
ミスチル25周年イヤーはまだまだ始まったばかり。
引き続き一緒に楽しんでいきたいと思います。

『自薦 THE どんでん返し』


十七歳年下の女性と結婚した助教授。妻が恐るべき運命を告白する…。ベストセラーを目指せと、編集長にたきつけられた作家はどこへ…。完璧なアリバイがあるのに、自分が犯人と供述する女子高生の目的は…。貸別荘で発見された五つの死体。全員死亡しているため、誰が犯人で誰が被害者なのか不明だ…。推理作家が、猟奇殺人の動機を解明すべく頼った人物とは…。独身の資産家を訪ねた甥。その甥には完全犯罪の計画があった…。六つのどんでん返しが、あなたを虜にする。

先日『2』を読んだので、順番が逆ですが第一弾の方も読んでみることにしました。
こういうアンソロジーは気軽にいろんな作家さんの作品が楽しめるのでいいですね。
ちょっと試食してみよう、という感覚でしょうか。
ただ、今回の未読作家は西澤保彦さんだけでした。
もしかすると西澤さんも別のアンソロジーでは読んだことがあったかもしれません。
他の執筆陣も、綾辻行人さん、有栖川有栖さん、貫井徳郎さん、法月綸太郎さん、東川篤哉さんという錚々たるメンバーで、さすがに読みやすさと一定のクオリティは折り紙つきです。


作品の質についてはさすがのものなのですが、タイトルの「どんでん返し」については、「どんでん返し」といえるほどの驚きの展開はあまりない、というのが正直な印象です。
一番「どんでん返し」っぽいのは法月綸太郎さんの「カニバリズム小論」でしょうか。
最後まで読んで、そういうことだったのかと膝を打ちました。
カニバリズム」というだけあってグロテスクなところは個人的にはあまり好きではありませんが、ミステリとしてはオチがきれいに決まっていてよかったと思います。
有栖川有栖さんの「書く機械 (ライティング・マシン)」の、思わぬ方向へと向かっていく展開も面白かったです。
作家さんが作家のことを書いた話というのは面白いものですね。
ついついご自分の経験も反映されているのかな、などと邪推してしまいますがどうなのでしょう。
作中に描かれている情景を思い浮かべてみると、ぞっとするやら笑えてくるやら……。
どちらかというとユーモアミステリに分類される話だと思います。
ユーモアミステリといえば東川篤哉さんの「藤枝邸の完全なる密室」は犯人の滑稽さが笑えました。
密室を作ったはずが実は――というミステリとしてのオチも面白かったです。


個人的な好みで言えば、貫井徳郎さんの「蝶番の問題」は、登場人物が書いた手記の文章の中にすべての手がかりが含まれているというもので、読者も注意深く読めば真相にたどり着けるというフェアさがとても好きです。
やはりミステリは、物語を読むだけでなく、自分も謎解きに参加できるとさらに楽しめますね。
美形の俺様推理作家という探偵役・吉祥院先輩の人物造形も面白いです。
西澤保彦さんの「アリバイ・ジ・アンビバレンス」も登場人物の面白さで楽しませてくれる作品でした。
最後の方はメインのキャラクターふたりの会話のみで構成されており、推理合戦の行方が存分に楽しめます。
最後に、好きな作家のひとりである綾辻行人さんですが、今回の作品「再生」は私にはグロテスクすぎてちょっとつらかったです。
ミステリというよりはホラーなので、好みが分かれそうな気がします。
最後のオチには心底ゾッとしました。
この怖さが好きな人にはたまらないのでしょうけども……。


気分良く読める作品ばかりではなかったですが、どの作家さんの文章も読みやすく、長すぎず短すぎない適度なボリュームで、気になる作家さんが収録されているという場合は読んでみて損のないアンソロジーだと思います。
もし第3弾があるとしたら、今度はもっと「どんでん返し」の多いものを期待したいです。
☆4つ。


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