tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『村田エフェンディ滞土録』梨木香歩

村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)

村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)


はるかな友たちよ、万のちいさき神々よ、人生の宝石なる時間よ――
1899年、トルコに留学中の村田君は毎日議論したり、拾った鸚鵡に翻弄されたり神様の喧嘩に巻き込まれたり……それは、かけがえのない青春の日々だった。だが……
梨木香歩が21世紀に問う、永遠の名作青春文学。

またまた素晴らしい本に出会えました。
最近はよい本との出会いに恵まれていて幸せ。


梨木香歩さんのエッセイ風小説は、作者の気配が完全に消されていて、本当に主人公が書いた文章だと思えてくるところが何より素晴らしいと思います。
一人称で書かれた小説であっても、どこか主人公の思考や言動に作者自身が投影されているようなところがあることが多いのですが、梨木さんの作品ではそういうことがあまりないのです。
この作品の場合、明治時代の駆け出し歴史学者の村田(ちなみに「エフェンディ」は学問を修めた者に対する敬称)がトルコに留学し、下宿の人々や学問仲間と交流し、さまざまな出来事を経験する日々のことが、「村田本人の」言葉で生き生きと描き出されているように感じられます。
だからフィクションではないような感覚で読めて、自然と感情移入させられるのです。
第一次世界大戦を間近に控えた時代の様子も、ヨーロッパとムスリムとアジアの文化が入り混じったトルコの様子も、学者たちがはるかな歴史に思いを馳せる姿も、村田たちが遭遇する少し不思議な出来事も、すべてが心地よく心に入り込んできて、ロマンとファンタジーにあふれるこの作品世界を存分に満喫できました。
梨木さんといい、上橋菜穂子さんといい、森絵都さんといい、あさのあつこさんといい、児童文学出身の作家さんはどうしてこうも揃いに揃って魅力的な作品世界の構築がうまいのだろう?
もはやため息しか出ません。
これまでにも梨木香歩さんの作品を楽しんで読んできた者にとっては、『村田エフェンディ滞土録』と梨木さんのある別の作品との思わぬリンクもうれしいですね。
このつながりが分かったあたりからラストにかけては本当に感動の連続でした。

……国とは、一体何なのだろう、と思う。


230ページ 7行目

この村田の呟きがずしりと心に響いて、少し悲しい、でも気持ちのよい涙が止められませんでした。
本当に素晴らしい作品です。
迷うことなく☆5つ。


たまたまつい最近、現在のトルコの状況についての記事を読んだところだったので、それもあいまってトルコという国に行ってみたくなりました。
EU加盟に向けて懸命に改革を続けてきたにもかかわらず、結局ヨーロッパの一員として迎え入れられることは叶わなかったトルコは、この先何を目指して、どんな国になっていくのだろう。
地理的に微妙な位置にあることの宿命を背負った、非常に興味深い国だと思います。