tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『家守綺譚』梨木香歩

家守綺譚 (新潮文庫)

家守綺譚 (新潮文庫)


庭・池・電燈付二階屋。汽車駅・銭湯近接。四季折々、草・花・鳥・獣・仔竜・小鬼・河童・人魚・竹精・桜鬼・聖母・亡友等々々出没数多…本書は、百年まえ、天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」=綿貫征四郎と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。―綿貫征四郎の随筆「烏〓苺記(やぶがらしのき)」を巻末に収録。

なんとも不思議な独特の雰囲気を持った作品です。
一人の駆け出しの作家・綿貫征四郎が亡くなった友人の家に住むようになり、その家の庭や近くの山や湖などに棲む草木や動物、果ては小鬼や河童に人魚、亡くなった友人(幽霊!?)までが現れて、征四郎との豊かな交流を持ちます。
魑魅魍魎の世界に近いというか、日本の古来のファンタジーの世界が至極当然のように淡々と展開されるさまがなんとも浮世離れしていて、それなのにどこか懐かしい雰囲気を醸し出しています。
最初の章「サルスベリ」で、いきなり床の間の掛け軸の中からボートがこちらに向かって来て、亡くなった友人がボートから降りてきて征四郎に話しかける…というここまでの展開でも十分に面食らいましたが、その友人が征四郎に言ったことは「サルスベリのやつが、おまえに懸想をしている」。
しかも征四郎もその言葉を当たり前のことのように大真面目に受け止めているのです。
こんな調子で現実と幻想が入り混じった世界が延々と続くのですが、これが不思議に心地よくて、読み進めるほどにその世界観にどっぷりと浸ってしまいました。
舞台は100年前といいますからすでに近代の世になっているのですが、人間界と自然界、物質界と精神界との境界線の薄さが非常に自然に描かれていて、これは本当に100年前の日本には当たり前に存在していた世界ではないかと思わず信じてしまいそうになるくらいでした。
こういう例え方はあまりよくないかもしれませんが…なんとなく「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」あたりの宮崎駿さんが描く世界観に少し似ているかもしれません。


個人的には作品の舞台が私にとって非常に懐かしい土地であったことも、私の琴線に触れました。
征四郎の家の近くにある「疏水」とは琵琶湖疏水のことを指すと思われますが(ほかに吉田神社とか比叡山とかいう固有名詞も出てくるので)、幼い頃によく両親に連れられて蹴上や南禅寺の疏水沿いの道*1を歩いたことを思い出しました。
この作品でも「桜」という章で描かれていますが、本当に桜並木が美しい場所で、また静かで自然いっぱいで心和む散歩道です。
その情景を思い出しながら読んでいると、自分がタイムスリップして征四郎とともにそこで不思議なものを見ているような気持ちになれました。
私のように実際に琵琶湖疏水沿いの道を歩いたことがない人でも容易にその静けさや美しさが想像できそうなほど、素晴らしい描写がなされている作品だと思います。
京都や滋賀の文化や風景や伝説が好きな方にも、和風ファンタジーが好きな方にも、心癒されたい方にもお勧めします。
☆5つ。

*1:「京都○○殺人事件」なんていうタイトルの2時間ドラマでよく犯人が犯行を告白している場所です(笑)