tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ミーナの行進』小川洋子

ミーナの行進 (中公文庫)

ミーナの行進 (中公文庫)


美しくて、かよわくて、本を愛したミーナ。あなたとの思い出は、損なわれることがない―ミュンヘンオリンピックの年に芦屋の洋館で育まれた、ふたりの少女と、家族の物語。あたたかなイラストとともに小川洋子が贈る、新たなる傑作長編小説。第四二回谷崎潤一郎賞受賞作。

1972年、母親が東京の洋裁学校で学ぶことになったため、芦屋の親戚の家に預けられることになった中学1年生の少女・朋子が、ミーナをはじめとするその家の人々と過ごした1年間を描いた物語です。
特に大きな事件が起こるでもなく、物語は淡々と進んで行きますが、ぬくもりと懐かしさにあふれた優しい作品です。


1972年という時代に私はまだ生まれていませんでしたが、それでもこの作品を読んでいると懐かしさを感じました。
特に情感あふれる文体というわけでもないのですが、昭和のノスタルジーがこの物語の端々に感じられます。
舞台が芦屋の洋館に住む上流家庭で、ちょっと浮世離れした、幻想的な雰囲気がそのノスタルジックな物語をさらに印象深いものにしていると思いました。
戦前にドイツから嫁いで来たローザおばあちゃん。
ベンツを操る栗色の髪のかっこいい伯父さん。
美しく、聡明で、ぜんそく持ちのか弱いミーナ。
お屋敷にはかつて動物園があり、その名残りとして今もカバのポチ子がペットとして飼育されていて、ミーナは毎日ポチ子の背に乗って学校へ通う。
中学に入ったばかりの少女にとって、この芦屋のお屋敷は胸をときめかすようなものばかりの素晴らしい世界です。
私も元少女(笑)としてワクワクしながら読みました。
朋子がうらやましくて、同じ体験がしてみたくなります。
伯父さんの会社が作っているフレッシーという飲み物を飲んでみたいなぁ。
図書館で素敵な司書さんと出逢ってみたいなぁ。
ポチ子のお尻を撫でてみたいなぁ。
「光線浴室」の光を浴びてみたいなぁ。
テレビの前でバレーボール全日本男子チームを応援したいなぁ。
流星群を観測しに出かけたいなぁ。
とにかくこの作品に出てくる全ての要素が魅力的で、朋子のキラキラと輝く少女時代の思い出を一緒に思い出しているような気分になれました。


関西人としてはやはり知っているものが登場するのがうれしい。
青い炎のデザート「クレープ・シュゼット」を出す洋菓子店「A」って、アンリ・シャルパンティエのことですよね。
ここのケーキや焼き菓子はおいしいので私も大好きです。
ああ、食べたくなってきた…。
それから、「マーシャ・クラッカワ先生」の「基礎英語」って…マーシャ・クラッカワー先生って以前NHKラジオの英会話を担当されてましたよね…大杉正明先生の後任だったかな。
私も聴いてたことあるんですが、もしかして同一人物!?
そんな私自身との接点を物語の中にいくつか見出してうれしくなりつつ、芦屋という地名を目にして最初に私の頭に浮かんだのは、高校の時の英語の先生の言葉でした。
その先生が芦屋在住だったんですが、阪神大震災の時、「ずっと近所の大きなお屋敷を見て憧れてたけど、大きい地震が来て壊れてしまえばお屋敷もボロ家も一緒やと思い知った」と言われていたのです。
その言葉を思い出してちょっと切ない気持ちになりましたが、形あるものは失われても、変わらず残り続けるものは必ずあるんですよね。
朋子がミーナとともに過ごした思い出のように。
☆4つ。