tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『沈黙のパレード』東野圭吾


静岡のゴミ屋敷の焼け跡から、3年前に東京で失踪した若い女性の遺体が見つかった。逮捕されたのは、23年前の少女殺害事件で草薙が逮捕し、無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。町のパレード当日、その男が殺された――
容疑者は女性を愛した普通の人々。彼らの“沈黙”に、天才物理学者・湯川が挑む!

探偵ガリレオ」シリーズの9作目にあたる作品です。
前作『禁断の魔術』で渡米した湯川先生が、4年ぶりに日本へ帰ってきました。
教授になって仕事の内容も少し変わってきたようですが、帰国早々に殺人事件に関わってしまうところがいつものガリレオ先生だなぁというところです。


物語冒頭で語られるのは、若き日の草薙刑事が捜査に関わった殺人事件の容疑者・蓮沼が、状況証拠は揃っていたにもかかわらず、完全黙秘の末に無罪になった顛末。
ここで語られる草薙をはじめとする捜査陣の無念が、本作の物語全体の原動力となります。
湯川がやってきた町で起こった歌手の卵の失踪事件でも容疑者となるも、再び罪に問われず釈放された蓮沼に、草薙はもちろん悔しさとやりきれなさを募らせますが、この展開は読者としてもフラストレーションがたまりました。
明らかに怪しく犯人に間違いないだろうと思えるのに、罪に問えず報いを受けさせることができない。
司法の限界に、腹が立つやら悲しくなるやら。
そうこうしているうちに、その蓮沼が遺体となって発見されます。
どうやら蓮沼は殺されたらしく、その事件の捜査には地元警察の協力要請を受けた草薙と内海薫があたることになりますが、ここにきて湯川が草薙たちに協力をし始めるのです。
このように、読者に感情移入させ物語に入り込ませる流れはさすがに見事だと言わざるを得ません。
シリーズを追っているからこそ、湯川が捜査に加わればもう大丈夫だろうと思える、そんな読者心理を巧みに捉えています。
そのおかげで、湯川が動き始める後半から最後までは本当に一気読みでした。


さて、本作はミステリとしても高く評価されており、2018年度の週刊文春ミステリーベスト10で見事1位を獲得しました。
ミステリとしては、ある有名な作品へのオマージュになっているところが注目すべきポイントでしょうか。
蓮沼は2つの殺人事件で罪を問われないままになっており、彼に恨みを持つ人物がたくさんいると考えられます。
実際、動機的にも状況的にも事件の関係者の誰が犯人であってもおかしくなく、それどころかどうやら協力し合っているらしいということがほのめかされていて、まさかの「全員が犯人」なのでは、と思える筋書きです。
「全員が犯人」……そう、ミステリファンにはおなじみのあの古典作品が思い浮かびますね。
湯川がその作品の探偵にたとえられるセリフも登場しており、オマージュであることは明らかです。
けれども、もちろん本作には本作オリジナルのひねりが加えられています。
犯人がなんとなくほのめかされていることで、倒叙ミステリなのかなと思いながら読んでいると、最後のどんでん返しに驚かされました。
湯川が真相にたどり着いた推理の過程や論理展開があまり説明されていないのが気にはなりますが、そこは湯川の類まれなる超推理力がものを言った――というところでしょうか。
そして、タイトルに含まれる「沈黙」とは、蓮沼の黙秘だけを指すのではなく、最後に明らかになる真相にもちなんだものだったのだと気づかされます。
本当に「沈黙」していたのは誰だったのか――蓮沼がどうやって殺されたのかというハウダニットの謎だと思って読んでいたら、実はフーダニットだったというところに、最大の意外性がありました。


湯川が見せる優しさや思いやりの気持ちがあたたかく、謎が解けたスッキリ感も相まって、読後感のよい作品でした。
ただ、湯川が完全に福山雅治さんのイメージで描かれているのには、シリーズを1作目からずっと読み続けている読者としては、複雑な気持ちがしなくもない、というのが正直なところです。
何しろ当初、湯川は佐野史郎さんのイメージだったはずなので、あまりにもイメージが変わりすぎている上、あからさまに福山さんでの映像化を意識して書かれている場面もいくつかありました。
案の定、来年映画が公開される予定とのこと。
あまり映像化ありきの作品にしてほしくはないけれど……、まあ、面白ければいいかな?と、やっぱり少々複雑な気分です。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp